この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のクリエイティブ担当・佐々木が、箸・ナイフ・フォークにまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。
先日、中国人の知人を囲んだ宴席に参加し、打ち解けた雰囲気で楽しい時間を過ごすことができました。
2024年6月1日コラム
乾杯に次ぐ乾杯
思えば、コロナ禍以来、宴会の機会自体がだいぶ少なくなりましたし、ましてや国境を越えて集った者同士が杯を傾け合うとなると、前回がいつのことだったかすぐには思い出せないほどです。
そんな久しぶりの会でもあるので、やはり食文化というか、宴会の作法といいますか、そういった面で、「そうそう、国ごとにいろいろなものがあったな」と思い出すことにもなりました。
たとえば、日本での宴会では通常、乾杯は最初だけという場合が多いように思いますが、中国では、飲み物を手に取って飲む前には必ず周囲の人と乾杯をして一緒に味わうというのが一般的です。
ただし、その名の通りの「杯を乾かす」式ではもちろんありませんでしたが。
現在は中国でも「白酒」(バイジュウ:アルコール度数が50度以上もある中国でおなじみの蒸留酒)をショットグラスで何杯も飲み干すというのは、下火になってきているようです。
いまではだいぶ変化して生きているのかもしれませんが、中国人にとっては宴会においてひとりで杯を傾けるというのは、とても奇異な印象を与える場合があるようです。集まり自体か同席者か料理かのことでひどく機嫌を損ねているのではないかと感じてしまう、というわけです。
一方、日本では、酒を酌み交わして同時に飲み干すということも当然ありますが、楽しくしているのであれば、独りで杯を重ねても誰も気にしないように思います。
この違いにはさまざまな要因があると思われますが、そのうちのひとつに日中での伝統的な食卓の形状の違いが関わっているのかもしれません。
かつて日本は、長らく一人一膳の食卓であり、それは宴会でも同様でした。つまり、ひとつのテーブルを囲むわけではなく、いわばそれぞれ独立したテーブルを使うわけです。ですので、多人数の食事であっても、比較的自律した杯の上げ下げを許容することになったのかもしれません。あくまで推測の域をでませんが。
箸の置き方ひとつ
いずれにしても、異文化に生まれ育った者同士が同じ食卓につけば、それだけテーブルマナーの違いも際立つわけです。そこが実に面白いところです。
たとえば、日中のあいだにおけるテーブル上の大きな違いのひとつといえば、やはり箸の置き方でしょうか。
日本は箸の置き方といえば横向きですが、中国や朝鮮半島では縦向きとなります。
箸は中国で生まれたものですので、そうした「本場」からすると、日本の置き方はとんでもないマナー違反のように映るかもしれません。
とはいえ、もともと古代の中国では箸は横向きでした。それが次第に縦向きに変わっていったとみられています。(張競『中華料理の文化史』筑摩書房、2003年)
実際、唐の時代の壁画に描かれた当時の宴会の様子には、人びとの前に箸が横向きに置かれているのがはっきりと確認できます。
したがって日本は、中国での最も古い箸の置き方の作法がそのまま残って今も定着している場所だということになるわけです。
ちなみに、唐よりも遥かに遡って、漢の時代ごろまでは一人一膳のスタイルでした。靴を脱いで部屋にあがって直接ゴザに座り、短い脚のついた御膳で食事をとっていたそうです。
唐の時代になって、ゴザが使われなくなり、低い椅子とテーブルを使うようになりますが、先ほど述べたように箸はまだ横向きです。
それがいつどのように横から縦へと箸の置き方が変化したのか。文化史家の張競氏の研究によれば、宋の時代ごろからではないかということです。
唐から宋にかけての時代は、北方の騎馬民族が繰り返し侵入した、長きにわたる動乱の時代でした。彼ら北の民は肉を主食とするので、食事においてナイフを使うわけですが、その置き方は縦向きでした。つまり、西洋のナイフとフォークの置き方とまったく同じなわけです。
その北方の人びとが南下をして箸と出会い、ナイフの場合と同じく縦向きで置くようになったことが発端ではなかったか。これが張氏の見立てです。たいへん興味深く説得力のある説だといえます。
このごろの日本の西洋料理のお店のなかには、テーブルに最初からナイフやフォークと一緒に箸を並べて、つまり縦向きにセッティングするやり方をとっているところがあります。
また、頼めば箸を提供してもらえる場合も、箸置きと一緒に出てこなければ、どうしてもナイフ等の傍らに並べることになります。
こうしたところから、食文化が混淆して新たな作法が誕生してくるのかもしれません。それほど気にもしないまま、それまでのやり方と違うやり方を受け入れることで、テーブルマナーは静かにかつ大胆に変化していくのでしょう。
そういえば余談ですが、何年も前のことです。たしか定食屋のようなところで食事しているとそこにテレビがあって、ちらりと日本のアニメ(かなり有名な長寿番組だったと思うのですが)が映り、ちょうど日本のごく一般的な食卓の場面でした。
ところがなんと箸が縦向きに描かれているではないですか。思わず持っていた自分の箸を落としそうになりました。アニメ制作ではアジアの国々に下請けに出すことが普通のことのようですので、その過程でなにかメタモルフォーゼが発生したのでしょうか。
食文化の変容は現実の食卓の上だけで起こるものではないのかもしれません。
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