この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のクリエイティブ担当・佐々木が、ハロウィンにまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。
いぜん農家の真似事をしていたころ、新たにスイカの栽培をやろうということになって、しかも無農薬栽培だと恐れ知らずにも考えていたら、ちょうど何年も耕作放棄されてきた農地を利用できることになりました。
2021年10月1日コラム
まずは畑の一角で試験的に、といえども、耕作放棄地では残留農薬が低くなる代わりに、雑草の種や根が地中に大量にたまり、それが次から次へと芽吹き、茂り、はびこることが予想されます。どんな野菜作りとも変わらずスイカもなんだかんだと手間がかかりますが、このときの一番の難敵はやはり雑草の管理となりました。
農繁期にはいり、主力の野菜たちの生産・出荷に追われてふと目を離したすきに(というよりも正確にはスイカの存在をうっかり忘れた)、あっという間に人の背丈以上もある見たこともない雑草が生い茂り、ジャングル状態になっているではありませんか。
その後も、あいにくの長雨にもさらされてしまい玉の割れが多く出、反省の多い作となってしまいました。無事だったわずかばかりのスイカを取り終えたあと、しばらくして畑の後始末にいき、無常感にひたりつつ露地栽培の難しさを改めて感じながら、ふと何気なく辺りを見回してみると、草葉の陰に見慣れぬものが転がっています。取り忘れたスイカかと思えば、妙な手ごたえと重さが迫ってきました。
ぐいと引きだしたところ、全長60センチ以上はあろうかという、洋ナシのような形をした薄緑色の巨大な実。明らかにスイカではないものの、その頭のさきから伸びているツルをたどってみると、たしかにスイカのツルにつながっています。ほかの場所からも同じような実がいくつか出てきた。
どれもスベスベのツヤツヤ、生まれたての赤ん坊のような綺麗な肌をしていて、抱き上げると腕の中にすっぽりと納まります。と同時に、なぜかそこはかとない感動のような感情がこみ上げてきます。これはいったい何だろう。スイカの突然変異かといぶかしんでいると、たまたま同行していた物知りの知人がひとこと。「それは干瓢になる夕顔である」
カンピョウ? あのお寿司のネタの?
知人によると、苗屋で売っているスイカ苗は、病気への耐性をつけるために同じウリ科の夕顔を接ぎ木しており、栽培しているとたまにその実をつけることがあるらしい。夕顔の実とは、要するに「ヒョウタン(瓢箪)」のことで、苦みがなく食用にできる品種を加工したものが干瓢となる。試しに畑から持ち帰った実を煮物料理にしてみると(スイカの台木になっている夕顔はあくまで接ぎ木用なので良い子はマネしないように)、冬瓜のような雰囲気で癖もなく美味でした。
お世話を焼き続けて挙句割れるスイカとくらべて、ほったらかしでも立派に育つ生命力の強さと健気さに感銘を受け、それ以来、夕顔をはじめとするヒョウタン類のことが気にかかります。
その周辺をちらほら勉強してみると、日本にヒョウタン研究の第一人者がおられることを知りました。民族植物学者の湯浅浩史博士の著作には、ヒョウタンが少なくとも1万年前から栽培されてきた最古の作物のひとつであって、人類とは切っても切れない関係であったことが実に分かりやすく書かれています。
ヒョウタンの原産地はアフリカとみられ、同じくアフリカを起源とする人類はこの植物を加工し道具としてきわめて早くから利用してきたようです。さまざまなものを入れて保存したり持ち運ぶことができる、まさに天然の容器というわけです。とくに、液体を入れても漏らさない特長は、真水のない海を舟で渡っていく際にとても大きな利点となったはずです。実際、かつてハワイの漁民は遠洋におもむくときにはカヌーのうしろに水の入ったヒョウタンをくくりつけて漕ぎでたといいます。
さらに博士によると、ヒョウタンの容器で煮炊きすることは充分可能で、現代のアフリカの一部地域では、火の上に吊るしたヒョウタンで湯を沸かすなどしているとのこと。ただ何度も煮炊きしているとひび割れてくるので、周りに土をつけることで強度を増し、それが徐々に土だけで作る容器つまり土器へと発展したのではないか、という注目すべき説を唱えられています。となると、われわれの焼き物のルーツをたどれば、ヒョウタンに行き着くということになります。なんと驚くべきヒョウタン・ワールド。
アフリカを旅だった人類が足を踏み入れた土地には荒地や奇妙な植物の生い茂る場所もあったことでしょう。厳しい環境をもろともせず、力強く生育するヒョウタンは、文化を生み出し、さらに新たな旅へと人々を導く存在だったわけです。ヒョウタンから人間が生まれたとする創世神話をもつ民族が世界中に多くあることも納得といえます。こうしたことから、博士はヒョウタンを「人類の原器」であると喝破されました。
ひと夏偶然にヒョウタンと邂逅したわたしですが、その豊満な果実を抱き上げたときに、なにか形容しがたい感情が一瞬にして通り抜けたのは、人類数万年の旅愁の記憶だったのかもしれません。
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