この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のクリエイティブ担当・佐々木が、重陽にまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。
今年は西太平洋の海水温が高くなるラニーニャ現象がとくに活発とのことで、例年にも増して日本各地の気温が高くなっているようです。
2022年9月1日コラム
温暖化とカレー
まだまだ茹だるような熱波の日々ですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
こう暑い日が続くと食べる意欲も減退気味ですが、ただしカレーは別、むしろ無性に摂取したくなる、という方は多くいらっしゃるのではないでしょうか。
国民食となった日本化されたカレーの、あの安定したおいしさも捨てがたいですが、ちかごろは本格的なインドカレーを提供するお店があちこちとありますので、スパイスの効いた多種多様なカレーを比較的簡単に味わうことができます。
ふりかえってみれば、1980年代ごろから日本の地方都市にも、ちらほらインド料理の店が姿を現しはじめ、ここ十数年のうちに爆発的に増加したように思います。まるで日本の温暖化の進行にあわせて、インドカレーが普及してきたようにも見えますが、最近は日本のほうがインドよりも暑い場合がありますので、インド人もびっくりというところでしょうか。
そもそも「カレー」とはなにか
ただ実のところ、それらインド料理店の多くは、インド人ではなくネパール人がコックを務めている場合がほとんど、とはよく聞く話です。
ネパールもいわゆる「カレー」を食す文化ですが、もちろんヒマラヤ山麓の国独自の風土がありますので、インドとは異なる要素が存在します。たとえば、代表的な料理である「モモ」は、要するに蒸し餃子のことで、これは東を接するチベットからの影響とみられています。
このごろは日本でも、こうしたネパール料理の看板を掲げる店もでてきました。全般的にいって、インド料理よりも使われるスパイスの種類が少なく、よりシンプルな味付けになっているのがネパール料理の特徴といわれます。インドカレーとはまた味わいの異なる「ネパールカレー」が日本に参入してきて、南アジアの味覚のバリエーションがさらに一層広がっているといえます。
とはいえそもそも、南アジアにおいて「カレー」なるものが古くから明確な料理としてあったわけではなさそうです。カレーの語源については諸説あるものの、たとえばスパイスの効いたソースやあるいはもっと漠然と「おかず」などを意味するタミル語の「カリ」から来ており、それがあるとき西洋人を通して、あの汁気をもった煮込み料理が「カレー」として概念化した、というわけです。
かつて大航海時代にスパイスを求めてインドにやってきたポルトガル人やオランダ人が、たまたま現地人が食していた汁気の多い料理の名を問うたときに、「カリ(おかず)だよ」と言われたというのは、さもありそうなことではあります。
レヌ・アロラとインド料理
インドでは伝統的にワンプレートで料理が供されるのが普通です。「カトーリ」と呼ばれる小さなボール状の器にそれぞれ料理をよそい、それを「ターリ」と呼ばれる盆にすべて載せて一人前の食事とします。つまり日本の御膳とよく似たスタイルです。いってみれば、カレー御膳といったところでしょうか。
ただし、日本人のインドに対する固着したイメージからすると、かの地では毎食カレーが食べられているように思いがちですが、たとえば北インドあたりでは夕食で供されるひとつのカトーリだけが汁気のある煮込み、つまりカレーなのです。
ところで、こうした日本によくある偏ったインド・イメージを払拭しようと、長年にわたって奮闘してきたインド人といえば、やはりレヌ・アロラ女史を真っ先に挙げなくてはなりません。
1970年代から日本に本格的なインド料理を紹介してきた先駆け的な存在である彼女は、はじめて来日した際に日本人がインド料理=カレーとしか認識していないことに驚き、それをなんとか変えたいという強い思いから料理研究の道に進まれたとのこと。
熱意と行動のひとである女史は、一旦生まれ故郷のムンバイに戻り、そこの有名ホテルの厨房に女性としてはじめて修行に入って一からインド料理を学び直して再度来日、以後本場の味の導き手として活躍されてきたのです。
ちなみに、あの有名なグルメ漫画『美味しんぼ』にも本人役で登場し、「インドにカレー粉なんかありません」と発言して、当時の日本人に衝撃を与えたことを覚えていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。
当たり前の壁
彼女は料理本も多く執筆しており、伝統的なインド料理のレシピについてとてもわかりやすく解説しています。しかも、毎食カレーを食べているわけではないといった、インド人にとってはとりたてて言及することもないような事柄についても触れてくれているところが、他の料理本にはない魅力といえるかもしれません。
たとえば、ターリにそれぞれの料理をもったカトーリをどのように配置するかについて、毎回の食事毎はもちろん、食べる人がベジタリアンの場合までも懇切に説かれています。また、それら食器の素材については、アルミ、ステンレス、銀製など、さまざまあって、各家庭や目的に応じて使い分けられているということも、彼女の著作に教えられました。
考えてみれば、日常の食文化ほど、本人たちにとっては当たり前ことになりすぎていて、記録に残りにくいものはありません。他の国や地域に属する人間からは、もっともアクセスしづらく、理解が難しい分野といえるでしょう。
ましてやインドは、多様性の塊のような場所ですので、あまたの民族・宗教・職業・階層などの違いによって多彩な食文化が無限に広がっていくという、きわめて稀有な特徴を備えています。
いってみれば、容易に踏み入ることのできない「食のジャングル地帯」、それがインドなのです。
その弐へつづく
※ ご覧の時期によって価格等ご案内の情報が異なる場合がございます。最新の情報は各店舗にてご確認ください。









