この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のクリエイティブ担当・佐々木が、新春にまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。
毎年正月を迎えると、その年の干支をモチーフにした動物の絵や置物などが街角を華やかに飾り立てますが、今年はウサギということで、ほかの年よりもなんとなく柔らかで温かな雰囲気が漂うかのようです。
2023年1月1日コラム
文明開化と兎
コロナ問題の影響もあってペットを飼う家庭が増えるなか、ウサギがたいへん人気になっているとも聞きます。犬などと違って声帯がないなど、静かで飼いやすい面のあるウサギは、都会向きの愛玩動物といえるのでしょう。
実は、いまから150年ほど前の日本でも、突如としてウサギの一大ブームが巻き起こったことがありました。明治の初めごろのことです。
「兎会」と称して待合などにウサギを持ち寄って互いに自慢し合う品評会が方々で開催されたといいます。そこでは、ウサギそのものも高額で取引され、投機の対象として急速にブームが過熱していきました。まさにバブル現象と化したのです。
そのころの浮世絵には、これに便乗してウサギを題材にしたものが数多く描かれました。「兎絵」と呼ばれるものです。なかには擬人化したウサギがユーモラスに描かれたものもあり、たとえば、さまざまな柄のウサギたちが互いに相撲で競い合う、歌川芳藤の「兎の大相撲」などが有名なところです。
ところが、ちょうどこの芳藤の作品が制作された明治6年(1873年)、東京府はウサギ人気が異常に高まっていることを危惧し、対策に乗り出しました。一羽につき毎月高額な税金を課すという荒療治がおこなわれ、ブームは瞬く間に沈静化したようです。
このときの「ウサギバブル」で、人々を熱狂させたのは西洋原産のアナウサギであって、日本にもとよりいるノウサギとは種が異なります。文明開化とともに海外から珍しい毛並みをもつウサギが多く持ち込まれ、人気を博したわけです。現在でも日本でペットとして飼われているものは、さまざまに交配されたアナウサギたちです。
赤目の白兎
ところで、「ウサギ」と聞いた時にステレオタイプ的にイメージされるのは、赤目の白兎ではないでしょうか。実はこれも西洋由来のアナウサギで、しかも先天的なメラニン欠乏、つまり「アルビノ」になります。
したがって、日本にはもともと赤目の白兎はいなかったわけですから、古事記に登場する「因幡の白兎」を赤目として描くのは誤りだということになるでしょう。
もちろん、サメに皮をはがされて泣いていたために目が赤かった可能性は残りますが、それでも全身白い毛のウサギとして描くのは問題があるようです。なぜならば、日本のノウサギは冬になると真っ白な毛で覆われますが、耳の先端だけ黒毛が残るからです。
因幡の白兎を描いたものではありませんが、平安時代から鎌倉時代にかけて制作されたとみられる国宝「鳥獣人物戯画」には、よく知られているように多くのウサギが登場します。擬人化されさまざまな姿態で生き生きと活躍するウサギたちをよく見ると、確かにみな、耳の先が黒く描かれているのです。
いまではアナウサギが日本にはじめて伝来したのは室町時代だったと言われていますので、それ以前に成立した鳥獣人物戯画でのウサギの描き方と合致しているといえます。
応挙の兎
このように動物学の観点から神話や絵画に描かれたウサギを捉えるという斬新なアプローチは、臨床獣医学者の桜井富士朗さんによるものです。
桜井さんはアルビノのうさぎが日本に入ってきた時代についても絵画から検証しておられ、その結果、はっきりと特定できるのは、江戸中期の大家・円山応挙の「百兎図」からだとされます。
1784年に制作されたこの作品は彩色されており、茶や白黒などの毛色をもった百七羽のウサギが描き分けられ、そのうちの3分の2が赤目の白毛、つまりアルビノなのです。
多くの動物画を写実的に描いてきた応挙ですから、まだ珍しかったであろうアルビノのウサギをいち早く画題とし、実物をじっくりと見たうえで特徴を余すところなく正確に描いたのだと思われます。
応挙の「百兎図」のインパクトが大きかったのかどうかわかりませんが、これ以降、あまたの画家があまたの赤目白毛の兎を描いてきました。
さきほどの「兎の大相撲」でもアルビノとみられるウサギがちらほらいますが、よくみると白毛以外でも赤目のウサギがたくさんいますので、「ウサギ=赤目」という俗っぽいイメージがこのころまでには定着していたのかもしれません。
櫻谷の兎
一方で、実物のウサギをしっかりと見て、その本質に迫ろうという、応挙の精神を十二分に継承した画家のひとりといえば、現在はあまり知られてはいないかもしれませんが、木島櫻谷(このしま・おうこく)ではないでしょうか。
ちょうど、明治のウサギバブルがはじけた直後の1877年に京都に生まれた櫻谷は、若くして高い技術と芸術性をもった画家として名を成し、京都画壇の中心にいた竹内栖鳳と人気を二分するほどの存在となります。
彼は、花鳥画、山水画、人物画、ジャンルを問わず、その卓越した技量を発揮しましたが、なかでも動物画は高い評価を受けました。たとえば、雨のなかをゆく鹿の親子を描いた「しぐれ」は31歳のときの作品で、第一回文展にて最高賞を受賞した代表作といえるものです。
このほかにも、熊、鷲、獅子、虎、猪、狐などなど、ありとあらゆる動物を描いていますが、どれも傑作揃いです。櫻谷は動物園に通い詰めて対象を隈なく観察し、常に持ち歩いていた写生帖にスケッチを繰り返していたといわれます。
先日、その櫻谷が描いたアルビノのウサギの絵の実物を間近でみる機会がありました。扇面に描かれた小品で、きわめて写実的なのですが、そのウサギ自身も気づかない自らの内面が滲む一瞬を切り取ったような、実に鮮烈な作品でした。
今年は、各地各所でウサギを題材にした絵画や立体作品が数多く展示されると思いますので、そのなかに一羽でも愛らしくも強烈な個性を放つ存在にぜひとも出会いたいものです。
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