この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のバイヤー・竹本が、ギフト・歴史・ひな祭りにまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。
毎年2月ドイツフランクフルトでは、国際消費財専門見本市「アンビエンテ」が開催されています。
この見本市では、約90カ国から4000以上の出展者が、デコレーション用品、インテリアなどの斬新なアイデアや、流行のトレンド、新しい着想を展示します。
「ダイニング」部門では、ダイニング、キッチン、家庭用品に関連した展示が行われ、「ギビング」部門では、クリエイティブなプレゼントの世界を扱い、「リビング」部門では、高級感のある住まい、インテリア、デコレーションの世界を展開します。
この見本市に入場できるのは、業界関係者に限定されており、ル・ノーブルからも毎年テーブルウェア、インテリアに関する最新の情報をチェックするために出かけています。
ドイツは、見本市が1つの産業として重要視されるほど、見本市が多く開催されています。20を超える各都市に見本市(メッセ)会場があり、世界の国際専門見本市の3分の2はドイツで開催されています。
なかでもフランクフルトは、ハノーヴァーの次に大きな見本市会場を備えています。フランクフルトの見本市では、他に9月のIAA(国際モーターショー)や、10月のブックフェアなどが有名です。
フランクフルトの名前が初めて歴史に登場したのは、カール大帝が794年にこの街で帝国議会を招集したときでした。しかし、町自体はすでに古代ローマ時代に機能していたことが、当時の発掘品などからわかっており、町の名前は「フランク族の浅瀬」という言葉を原義としているそうです。フランク族が河を渡り、フランク王国を築いた地と考えられています。
見本市(メッセ)で名高いフランクフルトですが、歴史の最初から見本市の町として知られていたことが伝わっています。ここで開かれた最初の見本市は11世紀にさかのぼり、1240年には皇帝フリードリヒ2世によって、見本市開催の特権が正式に町に付与されています。また、1588年には見本市(メッセ)に来る商人たちの便をはかるため、貨幣両替所が公式に設立されています。
これは現在のフランクフルター・ベルゼ(有価証券取引所)の前身であり、この証券取引所の設立をきっかけにフランクフルトは経済都市へと発展していきます。17世紀には、パリ、ロンドンに並ぶ有数の証券取引所となり、現在でも世界第7位の取引高を誇ります。
現代のフランクフルトの町は、マイン川にちなんでマンハッタンならぬ、マインハッタンとも呼ばれる超高層ビルと、最大級の空港、欧州中央銀行を含むヨーロッパ最多の銀行数を誇る町であり、世界でも第11位の金融センター都市、また多様な国籍の人間が住む世界第20位のグローバル都市となっています。
また昨年は、プロイセンの東方アジア遠征団が1860年秋に現在の東京である江戸に到着し、翌61年に日本と修好・通商・航海条約を結んでから150周年の記念の年でした。ドイツと日本は両国の外交関係樹立150周年を共に祝おうと、日独両国で2010年秋から一年間にわたり多彩な記念行事を実施し、要人訪問などを行っています。日独両国は、その歴史の中でさまざまな時期をくぐり抜け、今日では経済大国に数えられています。ドイツは日本と同じ敗戦国でありながら、やはり日本と同じように奇跡ともいわれる戦後復興を成し遂げました。
ドイツは日本と同じように資源大国ではないため、工業製品の輸出に頼らざるをえません。しかし、戦前からのドイツの技術力の水準の高さは、あらゆる分野で卓越しておりその技術力で国際競争に打ち勝ちました。ドイツ人は車にしても、さまざまな道具にしても値段が高くとも、頑丈で長持ちする商品に対する信頼は大きいです。デザイン、機能性に優れたものに対する信用信頼は、私たち日本人と共通の価値観であると思います。
歴史と伝統そして、技術力の高さのドイツブランドのご紹介
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