西と東の甘酒事情

この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のクリエイティブ担当佐々木が、歴史・七夕にまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。

塩と糀を混ぜて常温で置いておくだけでできるという手軽さと、塩の代わりに肉や魚に使えば酵素の働きで柔らかくなったり旨味も上がるということで、大いに注目されました。

2024年7月1日コラム

在りし日の発酵ブーム

いまからかれこれ、十年以上も前のことになるでしょうか。

塩糀ブームというのがありました。ご記憶の方も多いはずです。

健康志向の高まりもあって、塩糀はいまでは家庭の定番調味料として、比較的ポピュラーな存在になったように思われます。

その一方で、この伝統の発酵食品がもてはやされてからしばらく経ったころに、今度は同じく糀をつかった甘酒にブームが飛び火しました。

必須アミノ酸を豊富に含む甘酒は、健康にも美容にもたいへん優れているということで女性を中心に人気を博します。そのころから糀で作った甘酒がスーパーやコンビニの店頭にも各種並ぶようになり、いまでも手軽に入手することができるようになりました。

朝食に甘酒?

糀の甘酒は、炊いた米と糀と水を混ぜ合わせたものをうまく温度管理すれば、一晩で作ることができますので、こちらもかなり簡単に自作して楽しめる発酵食品だといえます。

実は、わたしの家でもその当時の甘酒ブームに乗り、ヨーグルトメーカーで作るようになりました。とりわけ、甘酒の程よい甘さと口当たりの良さがせわしない朝の食事にピッタリだということに気づいたことで、家族もフルーツやヨーグルトなどとともに好んで飲んでいたものです。

一世を風靡した甘酒ブームもいつしか過ぎ去ったものの、個人的にはいっときほどではないにしてもいまでも朝食に加えることがあります。そうしたなか、2年ぐらい前のことでしたでしょうか、何かの折に知人たちと集まって雑談するなかで、朝食は何を食べているか、という至って変哲のない話題になりました。

わたしは、何の気はなしに、好物の名を挙げたところ、思わぬ反応が返ってきたのです。

そこにいた4~5人がみな一様に眉をひそめて訝し気な様子でわたしを見つめ、「甘酒?…朝食に?…」と絶句し、ざわついているではないですか。なにかまずいことでも言ったかと不安に感じ始めた矢先、そのうちのひとりに「朝飯に甘酒なんか飲んではならない」と真顔で忠告もされ、まったく驚きを通り越して唖然としてしまったことを昨日のことのように思い出します。

そのときのメンバーはわたし以外みな京都生まれの京都育ちでしたので、なにか千年の都のタブーに触れてしまったのかと怖くなり、なぜ朝食に甘酒はいけないのかの理由を聞きそびれてしまいました。

今回コラムを書くのにあたって、朝食に甘酒禁止なる食文化が京都にあるのかどうか、いろいろと調べてみましたが、ちょっと見当たりませんでした。

思うに、そのときの雑談にいた京都人たちにとって、甘酒といえば、酒粕を使ったものだという認識だったのではないかという気がします。

ご存じのとおり、甘酒は糀では発酵させてつくる場合と、沸かした湯に酒粕や砂糖などを加えてつくる場合の2種類あります。

後者の甘酒は日本酒の風味があり、アルコール分も若干残っていたりしますので、そんなものを朝っぱらから飲むのではないということだったのかもしれません。またちょうど、いま時分の時期でもありましたので、冬場の凍てつく寒さに重宝する酒粕の甘酒を夏場に飲むやつがあるか、という反応でもあったのでしょう。

糀由来の甘酒ブームからすでに何年も経っていたときでしたし、もちろんそんな流行を国民すべてが体感していたわけでもないでしょうから、甘酒といえば酒粕由来のもの=冬の飲料という固定観念のようなものがあったとしても不思議ではありません。

実は、甘酒をめぐっては、地域的な変遷や特色が深くあるようです(藤井寛『甘酒のほん 知る、味わう、たずねる』山川出版社、2023年)。

そもそも甘酒のルーツのひとつは、古代に宮中で飲まれていた「醴酒」と呼ばれるものだと考えられています。これは糀と米と酒で作られた甘いお酒で、夏季だけの特別なものだったようです。

一方、酒粕由来の甘酒のルーツも古代にさかのぼり、奈良時代には酒粕を湯に溶いた「粕湯酒」を主に庶民などが冬に飲んで体を温めていたという記録があります。

その後、時代は下り、江戸時代になると江戸の町を「甘酒売り」が糀由来の甘酒を年中売り歩くほどの活況だったといいます。一方でその当時、京などの関西では、宮中の影響もあってか、甘酒は夏場にしか売られてなかったとみられています。

明治から大正にかけても東京では甘酒売りが活躍し、子供にもその甘酒が人気だったそうですが、関東大震災を境にふっつりと姿を見ないようになったといいます。また、洋菓子の普及などもあって、全国的に甘酒離れが進んでいったようです。

それゆえ、その後の日本の家庭において、甘酒といえば寒い冬の日につくる酒粕の甘酒という認識が定着していったのではないでしょうか。

とりわけ、長らく糀の甘酒が名物だった江戸・東京とは違って、京都などではそうした傾向が顕著なのかもしれません。甘酒の伝統がふっつりと途切れていたところに、近年の急なリバイバルが起こったことで、甘酒観に多少の混乱が生じているともいえます。

いずれにしても、糀由来の甘酒は朝だろうが晩だろうが一年通じてであろうが、好きな時に飲めばよいような肩肘の張らない飲料であることは間違いないようです。

簀巻きにされて鴨川に流される恐れもなさそうなので、今晩あたり久しぶりに甘酒を仕込んでみようかと思います。

※ ご覧の時期によって価格等ご案内の情報が異なる場合がございます。最新の情報は各店舗にてご確認ください。

ABOUTこの記事をかいた人

「器の愉しさを、もっと身近に」という想いを胸に、代々のスタッフがバトンを繋いできた食卓のエッセイ集です。ある時は 古典文学に想いを馳せ、ある時はイースターの食卓を飾り付ける。京都発、器が大好きな私たちの、ちょっとマニアックで愛おしい「器と文化愛」が詰まったコラムたち。数十年にわたり、メールマガジンを通じて数万人の器ファンに届けられたコラムを復刻しています。