この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のクリエイティブ担当・佐々木が、ロイヤルコペンハーゲン・マイセン・フィギュリンにまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。
京都市役所の西隣、縦に伸びる通りが寺町通です。秀吉による京の都市整備のさい、通りの周辺に寺院が集められたことが名の由来といわれます。
2021年8月1日コラム
南北に長い寺町通には寺院だけでなく、さまざまな店舗が軒を連ねます。なかでも二条通から丸太町通にかけてのあいだは、老舗の骨董店が多くみられます。
この界隈は個人的によく行き来する場所で、通りがかりに骨董店のショーウィンドウを覗くのがちょっとした愉しみでもあります。店ごとに専門や得意とする分野があって、その品揃えの個性が落ち着いた通りの雰囲気に彩りをあたえています。
先日もいつものように通りを歩いていると、とある骨董店の前で足がとまりました。
天井まであるショーウィンドウに合わせて据えられた大型の棚には、ヨーロッパのアンティーク小物が整然と並べられています。日本の古い茶碗などアジアの雑器もちらほら見えます。
その棚上段の片隅、ヨーロッパ製のグラスやカトラリーを揃えた一角に置かれた磁器の作品に目が引かれました。正確には、目が合ったといったほうがいいかもしれません。どうやらトカゲらしき生き物が、こちらをじっと見下ろしています。
体長20センチ強、S字に体をくねらせ、ちょうど小高い丘を登り切って崖下を覗き込んだ瞬間のまま固まっています。丸みを帯びた大きな頭につぶらな瞳と笑みを含んだような口元、ちょこんと踏ん張る四肢には愛嬌さが溢れます。
一方で、厚みをもった胴に背骨がうっすら隆起し、細い尾の先へと滑らかに続くさまは、野生の緊張感を湛えています。青みがかった白磁の質感によって爬虫類特有のぷっくりとした肌が見事に表現されていて、彩色されていないことがかえって細部にわたる造形の確かさと優美さを際立たせているようです。
フィギュリンつまり陶磁器製の彫像は、西洋磁器の長い歴史のなかで皿やカップなどの食器類とともに早くから作られ、愛好されてきました。神話をモチーフにしたものから、人や身近な動植物といったものまで、さまざまなフィギュリンがありますが、トカゲはそれほどポピュラーなものではないかもしれません。
とはいえ、たとえば、マイセンにはカラフルなトカゲの彫像を張りつけた陶板作品がありますし、ロイヤル・コペンハーゲンにもギリシャ神話に登場する牧羊神パーンとその足先にトカゲを歩かせた作品があります。また、ポットやカップの取っ手、皿の縁などにトカゲの豆像をあしらったものも含めれば、意外にいろいろな磁器ブランドでその特徴的な姿を見かけることができます。
ただ、寺町通に現れたトカゲのように、きわめて写実的で比較的大きなサイズのものには出会ったことがありません。独特な存在感に感心する思いで店の前を後にしましたが、なぜかその後も気がかりでなりません。幾日か経ってもトカゲの動静が気になって仕方がないので、ここは一期一会。思い切って再び店を訪れて買い求めることにしました。
実際に手に取ってみると、非常によくできた力強く美しい作品だということが改めて感じられます。店の方によると、もとは陶磁器コレクターの所有で、相当古いものらしいが、詳細はわからないとのこと。バックスタンプをみると、かなりかすれているものの「F」のイニシャルのうえに王冠を戴いています。初めて見る意匠で、いまあるブランドとは異なるもののようです。
由来をたどるのもアンティークの醍醐味のひとつ。自宅でトカゲをかたわらに資料を引っ張りだしてあれこれ調べてみることにしました。ヒントになったのは、土台部分に刻印された「NACKE」なる文字です。造形を担当した彫刻家のサインのはずです。探っていくと、19世紀末から20世紀初頭にかけて活動したドイツ人彫刻家にカール・ナッケ(Carl Nacke)という人物がいることがわかりました。
現在のザクセン州に属する小さな都市フラウロイトに、陶磁器会社が設立されたのは1866年のことでした。第1次世界大戦直後にはドイツ最大規模の磁器ブランドに成長しますが、ほどなくして業績が悪化、1926年にその幕を閉じました。
注目すべきは、同社が1919年に「ヴァレンドルフ磁器」を買収して、フィギュリンの製造に乗りだしていることです。ヴァレンドルフ磁器は1764年に創業し現在まで続くドイツ屈指の老舗メーカーで、芸術性の高い作品作りに定評があります。その技術力を使ってフラウロイトは、最後の数年間、フィギュリンの名作の数々を世に送りだしたのです。
こうして歴史を掘り起こしてみると、さっきまでのトカゲの様子が違って見えてくるから不思議です。崖の上から百年の時空を見つめてきたそのまなざしに、深い輝きが宿っているようです。
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