この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時の法人営業担当・柴田が、クリスマスにまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。
2012年も暮れです。今年の話題の一つに「東京スカイツリー」と「東京ソラマチ」がありました。
ではその東京・江戸ブームにのって、江戸の美学の本質ともいわれる「いき(粋)」を少しご紹介したいと思います。
「いき」というのは、江戸っ子が「よっ。イキだねぇ。」と言うときのあの「いき」。その「いき」について、東京・芝生まれの哲学者、九鬼周造は『「いき」の構造』という有名な著作を残しています。
九鬼周造は20世紀初頭の人物。祇園の芸妓を妻にし、勤務先の京都帝国大学へ祇園から人力車で乗りつけた噂をもつ破格の哲学者、だそうです。
その著作の中で九鬼は「いき」を次のように説明しています。「いき」とは - 江戸時代の遊廓でみられた美意識であり、西欧の「シック」や「エレガント」などとも違う、日本独自のものである。その日本独自の「いき」は - 「媚態」「意気地」「諦め」によって成立する。
「媚態」「意気地」「諦め」、それぞれ辞書によれば、・「媚態」・・・男にこびるなまめかしい女の態度。・「意気地」・・自分の意思を通そうする気構え。・「諦め」・・・「諦観」の語で使われるときの「あきらめ、悟り、超然とする様子」。
「媚態」「意気地」「諦め」などは近年あまり使わないなじみの薄い言葉ですが、江戸の遊郭を想像しながらあえて最近の言葉で言いかえるなら、「エロかっこいい」あたりになるのでは、と勝手に解釈したりします。(ちょっと違う気もするのですが、少し前に流行った言葉の「ちょいワル」では何か物足りない気もします)
とにかく、ただ色気があるだけでもなく、ただ、凛と背筋を伸ばしているだけでもなく、ただ、クールでスマートなわけでもない。そんな複雑で一筋縄ではくくれない「生き方」を思わせるような概念。それが「いき」なのでしょうか。
さて、「いき」が表されるデザインのひとつとして、九鬼は縦縞(たてじま)をあげていました。複数の交わるとも交わらない並行に走る直線に、「いき」があらわれているのだそうです。「交わるとも交わらない」という微妙な関係・感覚が「エロかっこいい」につながるのでしょうか?
とにかく、縦縞は「いき」なのだそうです。そういえば、「縦縞」に対しての「横縞」。横のボーダー柄は子供服や女性のカワイイ感じの服を連想させます。一方、男性や女性のスーツやシャツにみる縦のピンストライプはどこかオトナの雰囲気を感じさせ、九鬼が言う「縦縞はいきである」にも納得です。
では、無理やりですが、ル・ノーブルの「いき」な商品をご案内したいと思います。
九鬼に言わせると、無彩色(白~灰色~黒)も「いき」を表すのですが、それも納得。黒×縦縞がダブルで「いき」!「メイド・イン・江戸」であることも嬉しい逸品です。
少し趣の違う縦縞の江戸切子は東京生まれの女性デザイナー:有井姉妹によるもの。遊び心のある、少しはずしの効いた感覚がたまらなく「いき」です。
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