この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のショップスタッフ・鵜飼が、歴史・ハロウィンにまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。
歴史ある文化に彩られた大山崎町。弊社ル・ノーブルは、この山紫水明の地に生まれました。
ご存知この地には有名な道話があります。地元では、“天王山のかえる”で知られています。
原作は、≪京の蛙と大阪の蛙≫―柴田鳩翁―で、引用させて頂きますと、
むかし京にすむ蛙が、かねて大阪を見物しようと望んでおり、おもいたって、難波名所見物と出かけ、のたのたと這いまわり西街道を山崎へ出、天王山へ登りかかりました。また、大阪にも都見物と思いたった蛙があって天王山へ登りかかり、山の頂上で両方が出会いました。
「これから互いに京大阪へ行けば、足も腰もたまるまい。ここは京も大阪も一面に見渡すところじゃ。互いにつま先立ちして背伸びして見物したら、足の痛さも助かろう」と、相互に両方が立ち上がり、足つま立てて向うを見渡し京の蛙が申しますのは、「難波名所も、見れば京にかわりはない。これからすぐに帰ろう」という。大阪の蛙も目をぱちぱちして、「花の都も大阪に少しもちがわぬ!さらば、われらも帰るべし!」と、又のさのさと這うて帰りました。
蛙は向うを見渡したつもりが、目の玉が背中に付いているゆえやっぱり元のふるさとを見たのです。
この話のオチとして、蛙の愚かさを笑話として捉えがちですか、実はもっと深い意味があるのです。
この話が生まれたのは、300年ほど続く封建制度の江戸時代でしたが、元禄の頃になると、寺子屋が増え学問への意欲も出て始め、庶民の生活は向上していました。しかし反面、生半可の知識で自分勝手なことをする風潮があり、周りの人達が支えてくれて、初めて好きなことが出来るのですよと、戒めるため作られたお話のようです。
つまり“天王山のかえる”のお話は、自らを振り返り、感謝の心を持つことを教えた道話なのではないでしょうか。
蛙には他にもいろいろな話があります。
お財布に蛙を入れておけば「お金が返る」・「(入院・旅行から)無事還る」といった語呂合わせで縁起の良いシンボルとされています。
小野道風の故事「柳に飛びつく蛙」は有名で、努力の象徴ともいわれ、目標達成の縁起ものとしてもよく用いられ、外国では物理的に卵をたくさん産むことから、多産=子孫繁栄のおめでたいものとしても扱われています。
世界共通・時代を越えて幸運のシンボルとして私達の人生に幸せをもたらせてくれるのだと思います。
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