「動く美術館」と「静の美術館」

この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のクリエイティブ担当佐々木が、歴史・夏にまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。

先月の京都は、祇園祭一色でした。山鉾巡行の日は、前祭・後祭とも晴天に恵まれて、多くの人出で賑わいました。

よく知られているように、山鉾を飾る懸装品は華麗で豪華なだけでなく、歴史的にもとても価値のあるものが少なくありません。第二次世界大戦後に復活したものを除いた28基の山鉾には、中国やインド、さらにはペルシャなどから伝わった織物など、極めて貴重な文化財が用いられています。

ですから山鉾は、「動く美術館」と呼ばれることもあります。都大路を優雅に巡る姿は、唯一無二の移動美術館といえるでしょう。

一方であまり知られていないかもしれませんが、祇園祭には「静の美術館」もあります。

宵山つまり巡行前の数日間、山鉾のある通り沿いの旧家のなかには、代々受け継がれてきた屏風などの美術品や調度を公開し、道行く祭り客が通りから鑑賞できるように取り計らっているところがあります。飾りつけられた美術品のなかには、国宝級の名品もあるというから驚きです。

静と動のユニークな「美術館」が、町の人々の手によって千数百年来、祭りという形で受け継がれてきたことは、世界広しといえども他に類を見ないものです。

祇園祭はその最たるものですが、旧いお寺や神社や町屋が多くあることもあって、京都ではさまざまな文化財級の作品が町の中に何気なく溶け込み、それが独特の雰囲気を醸し出している要素のひとつだといえます。

言ってみれば、京都の町自体が普段から「静の美術館」だということでしょうか。贅沢なことですが、京都に住んでいても、それと気づかないまま価値ある作品に日常的に接していることは珍しくないように思います。

個人的にもそうした体験があります。学生時代、下宿の近所に喫茶店があってよくコーヒーを飲みに行っていました。その天井が高く広い店内は、すべて同じ長テーブルと長椅子とで統一されていてとても趣があり、コーヒーの味と香りにも一段と深みを与えてくれるようです。

木製の重厚なつくりのテーブルと椅子なのですが、座り心地よく、肘を置いてもやさしく受け止めてくれます。この店に通うようになってだいぶ経ってから知ったのですが、この調度はすべて、有名な木工芸の人間国宝、黒田辰秋(1904~1982)が若かりし頃に手掛けた作品だったのです。

黒田辰秋は、京都・祇園で塗師の家に生まれ、独学で木工を修め、木工と漆芸の一貫制作を追求した、日本を代表する名工として知られています。黒田は京都の老舗の店内調度をいくつか手掛けており、私が通っていた喫茶店もそのひとつだったのです。世界的な作家の作品に、そうとしらず気軽に親しめたことは有り難いことだったと思います。

実は、この黒田辰秋の調度のすばらしさに感銘を受けた私は、一時期木工教室に通っていたことがあります。6畳間の狭い学生下宿に、こじゃれた椅子でも置きたいな。でも貧乏学生にはお金がありませんので、自分で作るしかない。そこで木工の基本だけでも教えてもらおうと、近場にあった教室に3か月だけ通うことにしました。

教室の先生は、木工をやるには彫刻刀の砥ぎが自分で出来なければ仕事にならない、と仰って、私は初日から流しに向かい、砥石で彫刻刀を研ぎ始めました。ですが師匠が実演してくれるようにはまったく砥げません。来る日も来る日も流しに向かって砥ぎをするのですが、一向にうまく砥げません。教室の先輩方は、木を彫るより砥ぎのほうが難しいから、と励ましてくださるので、なんとか研げるように試行錯誤を続けたところ、気が付いたら3か月経っていました。木を触らしてもらうこともできず、受講期間満了となったのです。

またあとで知ることになったのですが、教室の先生は当代きっての名工と知られる、たいへん高名な方でした。京都には、なにげなく価値ある様々な作品が町に溶け込んでいるだけでなく、そうした作品を作り出す名工たちも町に溶け込んで一体となっているのです。それによって「静の美術館」が今日まで維持されてきた、ということに気づかされました。

日本はもちろん世界中の名品を取りそろえるル・ノーブルもまた、京都の「静の美術館」だといえます。かつて町衆が己の威信をかけて日本と舶来の名品を競って手に入れ、山鉾を飾った伝統がここにも息づいているように思われるのです。

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「器の愉しさを、もっと身近に」という想いを胸に、代々のスタッフがバトンを繋いできた食卓のエッセイ集です。ある時は 古典文学に想いを馳せ、ある時はイースターの食卓を飾り付ける。京都発、器が大好きな私たちの、ちょっとマニアックで愛おしい「器と文化愛」が詰まったコラムたち。数十年にわたり、メールマガジンを通じて数万人の器ファンに届けられたコラムを復刻しています。