光明寺の紅葉特別入山は12月2日まで楽しめますので

この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のクリエイティブ担当阪本が、マイセン・晩秋にまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。

今日のコラムは「白」という色について思う事をお話しできたらと考えています・・が、折角なのでまずは地元の秋の話題をご紹介させて下さい。

私達のオフィスは京都から南西の長岡京にあり、近くには紅葉の名所として知られる「光明寺」があります。今日現在、門前の紅葉はすでに真っ赤に染まり、多くの方々が足を止めて楽しんでいらっしゃいます。

先週末の11月10日からは、恒例の紅葉の特別入山が始まりました。総門から女人坂の石段を登りつめた御影堂までの参道をはじめ、紅葉のトンネル、そして真っ赤に染め上げられた参道の敷き紅葉が大変美しい名所です。

「雪は檜皮茸、いとめでたし。少し消えがたになりたるほど。まだいと多うも降らぬが、瓦の目毎に入りて、黒う丸に見えたる、いとをかし。」

雪の白は檜皮葺(ヒハダブキ)の屋根に降るのがとても良い。少し消えかかって檜皮が見えるところや、瓦の目に吹き溜まった黒の丸に見えるのがとても良い。清少納言の枕草子にうたわれています。

あでやかに染まる秋の京都も素敵ですが、古都の街並みにうっすらと雪がかかり心地のよい静寂を感じさせる京都の景色にも心惹かれます。

美しい秋は足早に通りすぎ、間もなく冬が訪れます。秋のイメージカラーが「赤」だとすれば、これから訪れる冬のイメージは「白」。どんな色にでも染められる「白」という色は、けがれのない清らかな色として、古来より神様にささげられるにふさわしい色とされてきました。

現代では私達の生活に当たり前のように存在する色になりましたが、白が当たり前と思っている絹や麻も、人の手が加えられて生れています。

例えば真っ白な繊維として思い浮かべるシルク。絹糸を生み出してくれる蚕も、もともとの野生のものは黄色がかった糸を吐いていましたが、そこに人の手が加わり、白の糸を吐くものだけを交配して改良が行われました。

麻布も織り上げたばかりのものは生成り色をしています。木灰に湯を注いで寝かせ、灰汁をとり洗浄を繰り返す・・こうした漂白の工程を経て白を生み出しました。

そうした白への特別な想いは万国共通。私達が扱わせて頂いている「食器」にも白にまつわるストーリーがあります。遠く離れたヨーロッパでも、かつて白に魅了された人々がいました。中でも有名なのは、西洋磁器の母と言われる「マイセン」の白磁誕生までのストーリーです。

マイセンの白、誕生まで

最初に磁器の焼成に成功したのは6世紀の中国。大航海時代以降、ヨーロッパは東洋の文物を競って輸入し、なかでも磁器は、西洋で作ることができなかったこともあり大変珍重されます。ここに、磁器への強いあこがれが生まれました。

そうしたヨーロッパの君主の中でも、磁器への情熱を抜きんでて激しくたぎらせたのが、ザクセン選帝侯でありその後ポーランド王も兼ねた、フリートリヒ・アウグスト1世です。

アウグスト強王は、即位してからわずか一年の間に、今の価値で10億円以上を磁器の購入にあてるなど、金銭に糸目をつけることなく宮廷を豪華に飾り付けることに熱中しました。当然のことながら国家財政を大きく圧迫することになります。

時を同じくして、金属を黄金に変えるという19歳の若き錬金術師が現れ、ヨーロッパ中に名を馳せていました。その男がヨハン・フリートリヒ・ベトガーでした。

多くの権力者から注目されたベドガーは、自由に研究できる地を求めてヨーロッパ中を巡るなかザクセン領へ逃げ込みました。しかし安堵したのもつかの間、結局アウグスト強王によって領内で捉えられてしまい、以後13年の間、虜囚としての生活を余儀なくされたのでした・・。

当時のヨーロッパでは特別な存在とされていた中国磁器のなかでも、白磁はとくに珍重され、“白い黄金”と呼ばれるほどでした。本当の黄金を作り出すことのできなかったベトガーは、アウグスト強王の顧問で学者のチルンハウス、鉱山技師たちと協力して新たな黄金づくりに邁進していくことになったわけです。

こうした研究は、やがて赤い色のストーンウェアの焼成に成功しこれを白い肌をもった磁器へ変えるための試行錯誤を繰り返します。そして1708年1月15日、7種の試し焼きのうち3種が、白く透き通った色をしていることを見つけました。ついにベトガーらは白磁の焼成を成し遂げたのです。

そして白磁焼成の成功から約1年後、良質の白磁を量産できるようになったことを明言したベトガーの主張の正しさを確かめた王は、1710年1月23日、王立磁器製作所の設立を布告します。そして磁器製造の機密保持のため厳重管理された工房が、マイセンのアルブレヒツベルク城に作られることになったのです。

厳しい環境の中に身を置き、研究に取り組んだベドガーでしたが、安定的に磁器を生産できるようになった頃には体調を崩すようになり、37歳の若さでこの世を去りました。

ヨーロッパの白磁器の製造はまさに命がけで生み出された「白」のストーリーです。

様々な「白」に込められた想いに触れながらあらためて色々なものに興味と関心を持っていく。新しい元号が始まる2019年のテーマにしてみたいと思います。

現在「TableLAB」のコーナーではブランドのストーリーを刷新中です。

まもなくマイセンの膨大なストーリーを追加しますので、

※ ご覧の時期によって価格等ご案内の情報が異なる場合がございます。最新の情報は各店舗にてご確認ください。

ABOUTこの記事をかいた人

「器の愉しさを、もっと身近に」という想いを胸に、代々のスタッフがバトンを繋いできた食卓のエッセイ集です。ある時は 古典文学に想いを馳せ、ある時はイースターの食卓を飾り付ける。京都発、器が大好きな私たちの、ちょっとマニアックで愛おしい「器と文化愛」が詰まったコラムたち。数十年にわたり、メールマガジンを通じて数万人の器ファンに届けられたコラムを復刻しています。