文章 2015年1月1日

この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のショップスタッフ高橋が、新春・歴史にまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。

「初日さす」からは元旦の朝の冷えた部屋に刺す初日の光の温かさ、「硯の海に波もなし」からはその場の空気の静けさや今年初めの句をしたためる前の神聖な心持ち、「海」からは硯の海と共に、青い海の風景も連想され、元旦の朝のすがすがしさが伝わってきます。

初日さす硯の海に波もなし

今年のお正月の幕開けは、正岡子規の俳句と共に迎えましょう。

この俳句のような神聖な気持ちで、私も一年の初めの一日を過ごしたいと思います。

俳句は五・七・五の十七音からなる世界でも最短の詩とされています。このような短い句から、作者の周りの情景を想像し、自分の気持ちと共鳴させることができ、余韻を楽しむことができる俳句はとても素晴らしい芸術です。今回は日本人の心ともいえる俳句の歴史を紐解いてみたいと思います。

日本の定型詩の歴史は和歌で始まりました。和歌の最も一般的な形式は五・七・五・七・七の短歌です。日本最古の和歌は、「古事記」「日本書紀」に収められている「八雲立つ…」の一句と言われています。

鎌倉時代から室町時代の間に和歌の一形式である連歌が形成されました。連歌は、複数の作者で歌を詠む、複合的な文芸です。一人が五・七・五を詠み、また別の人が七・七を詠み、さらに同様に続けていき、百句をもって一つの作品としました。

江戸時代には俳句の元となった「俳諧」が生まれました。俳諧は連歌をより庶民にも気軽に楽しめるようにした文芸です。形式的には連句の形をとっていましたが、松尾芭蕉が発句(最初の五・七・五)の独立性を高め、その後発句だけを鑑賞することが次第に増えてきました。

明治時代、正岡子規によってついに俳句が登場します。子規は俳諧を平凡な文芸であると批判し、近代化文明のための文学運動を行いました。また、俳諧の発句(五・七・五)のみを独立させ、俳句を誕生させました。子規の努力によって俳句が生まれたというわけです。

日本人の文芸にとってはなくてはならない俳句ですが、その登場が近代になってからというのは意外なことです。それでもその起源をたどると、神話に登場する和歌から始まるので、やはり日本人の心と言ってもいいのではないでしょうか。

また俳句は日本人にとって重要な文芸のうちの一つと言えますが、世界でも人気があることをご存じでしょうか。松尾芭蕉初め有名な日本の俳句は多くの言語に翻訳されています。

しかし、翻訳版で俳句の意味を理解はできても、それを味わうことは難しいのではないかと思います。それはなぜでしょう。

俳句には四つの特徴があります。①原則五・七・五であること②季語がはいっていること③「切れ」があること④余韻を残す、です。

この中で、定型であることや季語をいれることは外国語でも難しくはないと想像できますが、「切れ」と「余韻」が翻訳版では表現が難しいのではないかと思います。

なぜなら、それらは日本語独特の表現方法だからです。

「切れ」とは、最初にご紹介しました子規の俳句でいいますと、「初日さす」で句が一度切れていることを指します。ここで俳句を読む人々は、最初の句のイメージを頭に張り巡らせます。またその後に続く句への期待を膨らませます。この「切れ」がうまくできた俳句は高く評価されます。

このテクニックを外国語で再現しようとすると、文法的には可能ですが、私たちの心に響くのと同様に彼らの心に響くことは難しいのではないかと思います。なぜなら、私たちは最初の句を詠んで、その先を想像することを子供のころから学んでいるからです。すなわち、俳句の読み方を身に着けているからです。

また、「余韻」はさらに抽象的になってきます。子規の俳句にある「硯の海に波もなし」から、静かな部屋の様子、硯の冷たい感触、墨の黒さなどの情景が読む人の心の中でしばらく残ります。そのような読み方は、子供の頃から俳句に親しんでいない人々には難しいのではないかと思います。

十七音の短い句から、読み手の想像力でいくらでも情景を膨らませることができる俳句。

改めてこの芸術の素晴らしさを認識し、日本独自の芸術として、世界の人々に伝えていけたらと感じました。

芸術を楽しむ心があること。それって素晴らしいことだと思いませんか?

人生を彩るこんな芸術品はいかがでしょうか。

【伝統工芸】輪島塗 漆芸額

陶板(ウッドフレーム付)

京七宝額(アートSHIPPO)

※ ご覧の時期によって価格等ご案内の情報が異なる場合がございます。最新の情報は各店舗にてご確認ください。

ABOUTこの記事をかいた人

「器の愉しさを、もっと身近に」という想いを胸に、代々のスタッフがバトンを繋いできた食卓のエッセイ集です。ある時は 古典文学に想いを馳せ、ある時はイースターの食卓を飾り付ける。京都発、器が大好きな私たちの、ちょっとマニアックで愛おしい「器と文化愛」が詰まったコラムたち。数十年にわたり、メールマガジンを通じて数万人の器ファンに届けられたコラムを復刻しています。