この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のクリエイティブ担当・佐々木が、マイセン・ボヘミア・歴史にまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。
先月末に開催された第91回アカデミー賞で、イギリスのロックバンド「クイーン」を描いた映画「ボヘミアン・ラプソディ」が5部門にノミネートされ、ボーカルのフレディ・マーキュリーを演じたラミ・マレックが主演男優賞を受賞しました。
同作は世界中で大ヒットを記録し、日本でも公開以来、さまざま記録を塗り替えるヒット作となり異例のロングランを続けています。すでに観られた方のなかには、もう何度も映画館に通ってリピート鑑賞したという人も多いのではないでしょうか。
かく言う私も2回鑑賞し、もう1回は観たいと思っているところです。中学生以来かれこれ数十年来のファンですので、クイーンにはどうしても格別の思い入れがあるのですが、今回の映画を観てクイーンのファンになった日本の小学生たちが多くいるというニュースを知りました。やはり良いものは世代を超えるのだなあと感じ入った次第です。
これまでのクイーンと日本の関係を考えると、こうした新たな現象はとくに興味深いもののように思います。ファンの間ではよく知られていますが、イギリスから出てきたクイーンが外国で最初に人気に火が付き、世界的なロックバンドとなる弾みをつけた地が日本でした。映画の中でも、そうした日本との関係が描かれた場面があります。
バンドメンバーたちは大の親日家として知られています。フレディ・マーキュリーは、お忍びでも日本を訪れて各地を旅行しています。また彼は日本の古美術に大変関心があり、京都などもよく訪れて古美術店を巡って漆器や陶磁器や着物といったものなどを購入していました。
なかでも日本の古い陶磁器にはとくに強く惹かれていたようです。栃木県足利市で伊万里焼などを多く収蔵する陶磁器専門の美術館「栗田美術館」にもわざわざ足を運んで熱心に鑑賞しているほどです。
伊万里焼や漆器など日本の美術品をフレディが好んだという逸話は、彼のバックボーンを考えるとなにか因縁めいたものを感じてしまうのは、私だけでしょうか。
フレディは、いわゆる「パールシー」と呼ばれる人々を歴史的なルーツにもちます。パールシーとは、現在のイランでかつて大帝国を築いたササン朝ペルシアが滅亡した後にその地を逃れてインドへ移り住んだゾロアスター教徒たちのことです。
パールシーはその後も異国の地で結束をもって自らのアイデンティティーを保ちながら歴史の荒波を潜り抜けていきます。インドがイギリスの統治を受けることになった際にも、それは変わりませんでした。
実は、イギリスが東インド会社を興し、アジアとの貿易に力を入れるようになると、パールシーのなかにはイギリス人たちと協力してそうした東方貿易に従事する者たちも多く出てきたのです。アジアの産品をヨーロッパに伝え、東洋趣味を形作ることに一役買ったのが、パールシーだったわけです。
伊万里焼は、ヨーロッパの貴族や陶工たちのイマジネーションを刺激して、マイセンなど現代に続くヨーロッパ磁器を生み出す原動力となった一方で、数百年の歴史を経て稀代のロックスターの美意識にも強い影響を与えていたのです。
こうしたちょっとしたエピソードに想いを馳せると、フレディ・マーキュリーと日本との繋がりについて一味違った見方ができて、クイーンの曲を聴くときはもちろん、映画を観るときもさらに味わいが深まるのではないでしょうか。
※伊万里は難しいので、紹介商品はマイセンで良いかと思います。
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