この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のショップスタッフ・南村が、ヘレンド・フランツ・ボヘミアにまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。
ハプスブルグ家は中世から20世紀初頭までヨーロッパに強大な勢力を持った一族でした。スペイン・ナポリ・トスカーナ・ボヘミア・ハンガリーなどの君主をだし、神聖ローマ帝国(ドイツ帝国)の君主としても長く君臨しました。
政略結婚によってその勢力を拡大した王家としても名高く、女帝マリアテレジアの娘マリー・アントワネットはフランスのブルボン家に嫁ぎ、フランス革命につながるストーリーは有名ですね。
※ハプスブルグ家とハンガリー磁器
さてヘレンドはヨーロッパの窯の中でも比較的開窯が遅く、1826年のこと。しかし、1842年に開かれた第一回ハンガリー産業博覧会では213社の出品社の内、ただ一社だけ磁器を出品するなど目覚しく発展しました。
その後ハンガリー上流貴族から食器セットの補充を依頼されたことによって他のヨーロッパ名窯の逸品を忠実に再現することに力を注ぎます。そして高い芸術性を持った磁器の制作に関わることになったのです。
※ハンガリーと日本の明治維新
ハンガリーにとって1867年のオーストリア・ハンガリー二重帝国の成立は日本の1868年の明治維新に匹敵するものでした。大国であるオーストリアと君主・外務・財務・軍務を共有することになった当時のハンガリーは鎖国から開国へと動く当時の日本と同じく新しい時代の幕開けを迎えたのです。
当時オーストリア皇帝兼ハンガリー王であったフランツ・ヨーゼフ1世の宮廷は栄光の時代にあり、王妃エリザベートはその美しさからハンガリー人の崇拝の的でした。
※王室御用達としてのヘレンド
ハプスブルグ家御用達の地位を獲得したヘレンドは、豪華な贈答品の製作や皇帝一家の王宮用・離宮用として多くのディナーセットを制作しました。エリザベートのお気に入りだったゲデレー宮殿用に特別注文された鮮やかな色彩のシノワズリ絵付けの「ゲデレー」、フランツ・ヨーゼフの弟でメキシコ皇帝として悲劇の最後を遂げたマキシミリアンのミラマーレ宮殿用に制作された「ミラマーレ」などストーリーのあるモチーフが魅力的ですね。
今もブダペスト国立工芸美術館には当時宮廷で使用されたフランツ・ヨーゼフ徽章文のディナーセットや王宮参謀将校用のディナーセットなど多くのヘレンド磁器が納められています。
ハプスブルグ家はその後第一次世界大戦のなか1918年に崩壊しますが、芸術を愛したヨーロッパ最大のパトロンとしてヘレンドを育てたといえるでしょう。当時王室のみで使用されていたモチーフも今ではヘレンド人気のモチーフとして私たちの食卓を飾っています。
今、京都では THEハプスブルグ展開催中(昨秋東京で開催された展覧会が京都で開催中です。)
【美の帝国 その全貌 THEハプスブルグ】・2010年1月6日(水) ~ 3月14日(日)・京都国立博物館 (東山七条)
芸術を擁護し愛し続けたハプスブルグ家ゆかりの絵画75点。王妃エリザベートの肖像画は息を呑む美しさでした。
春浅い京都へ是非お越し下さい。
※ ご覧の時期によって価格等ご案内の情報が異なる場合がございます。最新の情報は各店舗にてご確認ください。







