この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のクリエイティブ担当・佐々木が、ティータイム・立春にまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。
先日、CNNが報じたところによりますと、いま、イギリスとアメリカとの間で「250年前のボストン茶会事件以来となる外交論争」が闘われているといいます。
2024年2月1日コラム
紅茶に塩?
これはただならぬことです。ボストン茶会事件といえば、当時植民地であったアメリカにおいて、イギリスの支配に抗議する人びとがボストンの港に停泊していたイギリス東インド会社の船から茶箱を大量に投棄した事件で、これが独立戦争へとつながる転機となったことはよく知られています。
言うまでもありませんが、イギリス人にとって紅茶はそれなくして生きてはいけないほどの愛しい存在です。そんな大事な大事な茶葉をティーポットではなく、海中に投入されたことは、対米関係のしこりとなっていまだに疼き続けている、ということなのでしょうか・・・。
急いで記事の内容を追ってみると、どうやら今回の対立点は、紅茶の淹れ方にあるようです。
分子科学を専門とするあるアメリカ人科学者が、紅茶にはひとつまみの塩を加えることで苦味が抑えられて最高の一杯になる、との主張をしたことで、イギリス人の猛反発を呼び起こしたとのこと。
この「暴挙」に対して、イギリスでは大手メディアまでも参戦し、「水道のぬるま湯で紅茶をいれる国の科学者」ごときが何をか言わんと非難の嵐となるなか、調停に乗り出したのは、なんと駐英アメリカ大使館でした。
事態を重く見た米大使館は、このアメリカ人科学者の見解に同調しないことをSNS上で明言。「英国の国民的飲料に塩を加えるなどという考えられない発想が米国の公式な政策ではないことを、英国の善良な人々に約束したい。今後も決してそうなることはない」と発表したのです。
これまでもあった「炎上」騒ぎ
イギリスとの最前線の外交に当たる米大使館の公式の見解ですので大変な重みがありますが、ただこの声明の最後はこう締めくくられています。「引き続き紅茶は正しい方法でいれ続ける。電子レンジで温めて」と。
実は、こうした英米間の紅茶をめぐるバトルと大袈裟なジョークの掛け合いは、これまでもありました。
それも同じように、イギリス人の間でアメリカ人がおかしな紅茶の淹れ方をしているとして「炎上」騒ぎとなり、その後ネタにされる、というのがお決まりの構図です。
たとえば2020年には、あるアメリカ人女性がSNS上に紅茶の淹れ方を披露して見事にスパークした事件がありました。
彼女によれば、美味しいミルクティーとは、まずカップに水道水を入れて電子レンジで温めたあと、そこにミルクを注ぎ、ティーバッグを入れ、最後に大量の砂糖を投入し、かき混ぜたものだ、というのです。
確かになんともハードボイルドなミルクティーの作り方ですが、彼女の実演動画を観たイギリス人たちはこのときも二百数十年前の故事を持ち出して、すわ「戦争」かと騒ぎ立てたのでした。
しかも政府機関が介入することになったのも、今回と同様です。当時の駐米イギリス大使はSNSに動画を上げ、「英米関係は紅茶によって定義されており、本物の紅茶の淹れ方を教えて欲しいとの要望を数多く受けました」と述べると、イギリス軍による実演を公表しました。
動画には、イギリス の陸軍・海軍・空軍の兵士たちが、どこかの木陰、軍のキッチン、軍用機のコックピットといった場所から次々と登場し、電子レンジを使うべからず、ちゃんと薬缶で沸かしたお湯で茶葉を抽出せよ、などと繰り返し訴える場面が映し出され、なんともシュールな様子です。
このように唐突にもイギリス軍が登場する演出には、事態の「緊迫度」とこれまでの英米関係の歴史を暗示させるユーモアを滲ませているわけです。
また、実はイギリス陸軍の戦車などには、紅茶のためのお湯を電気で沸かせる薬缶が常備されているほど、戦時だろうが平時だろうがいかなる状況下でも紅茶を欠かなさいというのが、イギリス人の矜持となっているのです。
正しい紅茶の淹れ方とは?
とはいえ、こうした英米間の紅茶をめぐるじゃれあい(?)のなかで、常にイギリス側は正統派を自認して相手国を教え諭す側となっていますが、実のところ英国人の間でも紅茶の淹れ方については古来より論争の的となってきました。
それについては、イギリスの作家であるジョージ・オーウェルが1946年に書いたエッセーのなかで、はっきりと指摘しています。
すなわち、「何しろ紅茶といえば、アイルランド、オーストラリア、ニュージーランドまでふくめて、この国の文明を支える大黒柱の一つであるばかりか、その正しいいれ方は大議論の種」だと。
彼は、自分自身の紅茶の淹れ方についても、「すくなくとも十一項目は譲れない点がある。そのうち二点には大方の賛同を得られるだろうが、すくなくとも四点は激論の種となるだろう」と述べ、イギリス人同士であっても個々のこだわりが強くて完全な一致点は数少ないことを明らかにしています。
ちなみに、オーウェルが他の英国人と激論になるとみた点は、たとえば、ミルクティーの場合にカップの中に先にミルクを入れるのか、それとも後から入れるのか(いわゆる「ミルク・イン・ファースト」vs「ミルク・イン・アフター」)という、いまでも続く論争があります。
また、砂糖を入れるか入れないかという問題も挙げています。これについて砂糖は不要とする彼は、イギリスでは自分が少数派であることくらい承知しているとしつつ、「しかし、せっかくの紅茶に砂糖などいれて風味を損なってしまうようでは、どうして紅茶好きを自称できよう。それなら、塩や胡椒をいれても同じではないか」と難じています。
さて、このたびの「紅茶に塩」論争。反骨の作家は草葉の陰でなにを思うでしょうか。
https://www.cnn.co.jp/fringe/35214362.html
ジョージ・オーウェル『一杯のおいしい紅茶』(中央公論新社、2020年)
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