子規の紅茶

この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のクリエイティブ担当佐々木が、ティータイム・端午の節句にまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。

ここ数年来、大阪の梅田駅周辺は大規模な再開発がすすみ、大きく様変わりしてきています。そのうち、梅田ってこんな街だったかしらと考え込んでも、昔の姿をなかなか思い出せないようになるのも時間の問題かという気がします。

2024年5月1日コラム

阪神百貨店の今と昔

そんな梅田で古くからの街の顔のひとつといえば、やはり阪神百貨店の梅田本店でしょうか。阪神梅田本店は、1930年代に前身の「阪神マート」時代から駅直結のいわゆるターミナルデパートとして歩んできました。

第二次大戦後に現在の名称となり、建物も拡張していきます。長きにわたって「大阪神ビルディング」のなかで営業してきた姿は、地元民を中心に多くの人びとにとって馴染み深いものだと思います。この大型ビルが、市道を挟んだ南側の「新阪急ビル」と合わせて再開発の対象となり、解体と新築工事が着手されたのが、2015年のことです。

そして2年前の2022年、以後に続く再開発事業の先陣を切って、地下3階・地上38階建ての「大阪梅田ツインタワーズ・サウス」が姿を現しました。この巨大複合商業ビルの地下2階から地上9階に、阪神百貨店がリニューアルオープンし、新たな街の新たな顔となりました。

阪神百貨店と言えば、その前身の時代から、日本各地の名物の食品を広く集めて販売したり、あるいは名店街をつくるなど、食分野を充実させてきました。「日本一のデパ地下」と評価される所以でもあります。

さすが、その伝統はリニューアルされた店舗でも受け継がれ、食料品売り場がとても充実しているのはもちろんですが、地下のみならず1階にも食に特化したスペースが広がっていて、なかなかの力の入れようです。

むしろ凝りに凝ったところもあって、それがよく表れているのが1階に常設されている紅茶専門店ではないでしょうか。イギリスに本社を構える「リントンズ」が、本国以外で唯一出店しているお店です。

リントンズは、1907年に英国北部のニューカッスルで創業した紅茶メーカーですが、その地元を中心に各家庭に紅茶を直接届けるという独特の販売方法を一貫しておこなってきました。それゆえ、ロンドンなどイギリスの他の地域ではそれほど知られてはいない存在ではないかと思われます。

知る人ぞ知るようなイギリスの紅茶商を口説いて海外初出店させるところに、阪神百貨店の面目躍如たるところがあるといえるでしょう。もちろん、それだけ品質の高い紅茶づくりをしているメーカーであるからこそのオファーであったといえます。

そのリントンズのこだわりのひとつは、海外の厳選された茶園で栽培した高品質な茶葉を手摘みで収穫して48時間以内に紅茶に加工したものを、わざわざイギリスに運んで専属のティーブレンダーがブレンドしていることです。

いまや多くのティーメーカーが海外にブレンド工場を置くなかで、あくまで「メイド・イン・イングランド」にこだわっているのです。

またもや、ミルクが先か紅茶が先か

リントンズは、こうした紅茶の製法のほかに、やはり紅茶の淹れ方においてもこだわりがあって、たとえば、ミルクティーではカップにミルクを先に入れておくやり方を基本としています。

今年2月の当コラムで英米のあいだの紅茶論争を取り上げた際に、「ミルク・イン・ファースト」か「ミルク・イン・アフター」かでイギリス人同士でも長年にわたる論争あることについて少し触れました。

阪神梅田本店のリントンズのお店では、紅茶を買えるだけでなくその場で飲むこともできるということで、ちょうどいい機会でもあり梅田に寄った際に紅茶商直伝のミルクティーを体験してみることにしました。

早速、ひと口含んでみると、ミルクを先にすることでほどよい温度になり口当たりが優しく感じる印象です。やはり、もとの紅茶の良さが際立っているので、口当たりが良くなることで繊細な香りと甘さを一層楽しむことができるのかもしれません。もっとも、「紅茶が先」のものと飲み比べることができれば、よりはっきりとした違いが感じられるとは思われますが。

変わりゆく梅田で本場英国のミルクティーに触発されたことで、いまいちどミルクと紅茶の関係について探ってみる気になりました。そうすると思わぬ景色が見えてきました。

そもそもミルクティーがヨーロッパで嗜まれるようになったのは、17世紀ごろのことです。一説によれば、パリでサロンを主宰していた有名なサブリエール夫人が始めたもので、それは紅茶にミルクを入れるやり方だったといいます。したがって、ミルクティーの起源は、「ミルク・イン・アフター」だったということになります。

一方、「ミルク・イン・ファースト」は、牛乳を熱々の紅茶を注いで殺菌する必要や、高級品であった茶葉を節約する必要、あるいは東洋のような高品質の磁器をまだ作れないなかで熱耐性に難のあるティーカップを割らないようにするためだった、などいろいろな理由から始まったようです。

では、日本はどうかといえば、現在では喫茶店などで紅茶を頼むとミルクが一緒に着いてきてそれを各自適量注ぐことがお馴染みですので、圧倒的に「紅茶が先」の国といえますが、実は紅茶を人びとが嗜むようになった明治のころは、「ミルク・イン・ファースト」を実践していたとみられるのです。

その最も古い記録が、俳人・正岡子規の日記にみえます。

病床にあった子規は滋養をつけるために毎日のように牛乳を飲んでいました。日記によれば、たいていそれはココア入りだったのですが、ときに紅茶を入れたものを飲んでいたとのこと。療養のための飲料として牛乳が主体であったとはいえ、たしかにこれは「ミルク・イン・ファースト」であるといえます。

しかも、ミルクに紅茶を入れることは、子規による例外的な実践ではありませんでした。実は、小説家・尾崎紅葉がほぼ同時期につけていた日記にも、「牛乳二合、紅茶少々混和」との記載があり、当時は「ミルクが先」がポピュラーなやり方だった可能性が充分あるといえるのです。

やはり紅茶が舶来の高級品として出回り始めたころのことですので、茶葉の節約という点が大きかったのでしょう。

しかしそれにしても、歴史を辿るほどにその芳醇な香りとともに果てなき論争へと誘われるような紅茶の奥行きの深さには、あらためて驚かされる思いです。

参考文献: 正岡子規『仰臥漫録』(岩波書店、2022年)

春山行夫『紅茶の文化史』(平凡社、2013年)

https://www.vahdam.com/blogs/tea-us

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ABOUTこの記事をかいた人

「器の愉しさを、もっと身近に」という想いを胸に、代々のスタッフがバトンを繋いできた食卓のエッセイ集です。ある時は 古典文学に想いを馳せ、ある時はイースターの食卓を飾り付ける。京都発、器が大好きな私たちの、ちょっとマニアックで愛おしい「器と文化愛」が詰まったコラムたち。数十年にわたり、メールマガジンを通じて数万人の器ファンに届けられたコラムを復刻しています。