この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のル・ノーブル編集部が、皿・徳利・ランプにまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。
早いもので今日から新年度がスタート。今週には各地で入学式、入社式が行われることでしょう。京都では桜も見ごろとなります。
今から146年前、1867年の今日、4月1日に日本が初めて参加した国際展覧会「第2回パリ万国博覧会」が開催されました。当時は、江戸幕府末期、各藩とも政情不安、動揺している状況下にありながらも、江戸幕府、佐賀藩、薩摩藩が出展。大政奉還間近にもかかわらず参加していることに驚愕です。
この博覧会では、私ども陶磁器を扱う者として大変興味深い事柄がありました。
幕府は、漆器、浮世絵、銀象牙細工、磁器,和紙、刀剣などのいわゆる「伝統工芸品」を出展。日本文化の紹介ですね。あの渋沢栄一も随行していました。
佐賀藩は、有田焼を出品。最高の賞であるグランプリ賞を受賞。展示品の中で、小皿と煎茶碗をコーヒー碗皿として、中皿に高湯台でモーニングカップ、大皿を額皿、大きな丼碗を洗面器、飯碗に水を入れてフィンガーボール、徳利を花瓶として説明しています。中でも人気があったのは、細口徳利に金具をつけたランプスタンド。欧州の用途に合わせた組合わせ、すごいアイデアだと思います。
薩摩藩は、薩摩焼を出品。白地に赤、青、緑、金などが施された繊細で豪華な薩摩焼が賞賛を集めます。その後、日本では京都や大阪、横浜などで薩摩風の絵付けが流行り、輸出用として人気を集めます。その中でも京都ならではの繊細で美しい色絵金彩の京薩摩が生まれました。
その他の興味深い事項として
その後の歴史の流れなど調べていくと、博覧会とともに陶磁器ブランドはもちろん、その他の高級ブランドもこのような博覧会に出展、賞を獲得し、王侯貴族から愛用されることによりブランドが確立されていきました。
これからも世界中の品質と気品溢れる商品をご紹介させていただきます。
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