この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時の品質・配送管理・山本が、歴史・ハロウィンにまつわるエッセイを綴りました。
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10月も中旬に入り、秋も深まってきました。日本各地で秋祭りも行われ大変賑わっていると思われます。今回は私の故郷の秋祭りを紹介しましょう。
私の故郷は高知県四万十市。1468年(応仁2年)に一条兼良の子で関白の一条教房が、応仁の乱の混乱を避け、京都から所領であった土佐幡多荘(現在の四万十市中村)に下向しました。これが土佐一条氏の起源とされています。
幡多に下向した教房は、四万十川を桂川、支流の後川を鴨川に見立て東西北と三方を山に囲まれ南が開けたこの地に京都を模した街づくりを行いました。街中は碁盤の目で整備し、東山や鴨川など京都の地名を命名。今では「土佐の小京都」と呼ばれています。
また、流長196kmの四万十川には150種類以上の生物が生息し、漁により生計を立てている川漁師が多いことでも有名です。柴漬け漁、コロバシ漁、石黒漁など昔ながらの伝統的な漁法を行っていることも特徴です。水質の良さは仁淀川に譲りますが、広大な流域面積を誇り、生物の多様性の面でも清流の名にふさわしい川と言えるでしょう。
そんな四万十川のほとりで厳かに行われるのが不破八幡宮大祭です。
不破八幡宮は1480年(文明12年)大納言一条房家が土佐国司として在国のとき、幡多の総鎮守として又、一條家守護神として山城国石清水八幡宮を勧請したもので、応神天皇、神功皇后、玉依姫命を祀っています。
不破八幡宮神社の祭典には多彩な古式絵巻が繰り広げられ、中でも「神様の結婚式」は、毎年10月に行われる全国的にも珍しい神事です。代々土佐一条氏は幡多に京風の習俗を根付かせるため、上げ馬・流鏑馬等の神事を行いました。その中でこの地で当時盛んであった「嫁かつぎ」と呼ばれる略奪婚の風習を矯正する目的で始まったのがこの祭礼なのです。
文明年間から始まったこの神事は、「男神」は不破八幡宮。「女神」は対岸にある一宮神社としています。一宮神社には「徳益御前(豊作の神)」、「椎名御前(雨の神)」、「鉾名御前(争いの神)」の3柱の女神があり、毎年くじ引きで女神(新婦)を決定します。
このように2つの神社で祭礼を行うのは幡多地域の広範囲で参加するのが狙いであり、この神事を通じて庶民の生活指導も行われたのです。今年も10月6日、7日と不破八幡宮大祭が開催。7日の本祭典で「神様の結婚式」が執り行われました。
町を練り歩いた男神の御輿が待つ八幡宮に、今年の花嫁に選ばれた「鉾名御前」が到着した後、二つの御輿の担ぎ棒を3回突き合わす「輿合わせ」の儀式を終え、無事結婚が成立しました。
今年は争いの神様。争いごとを起こさないように気をつけ平穏に暮らしたいものです。
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