一日の価値

この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のクリエイティブ担当西脇が、新春にまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。

年明け最初ののコラムです。今年一番目ということでテーマに迷いましたが、今回は「一日の価値」という内容で書かせて頂きます。

今日、一月一日は年の初めを祝う日として国民の祝日とされています。大人になるまで、大晦日から元旦にかけての時間の移り変わりは、何とも言えないワクワクした気持ちになり、子供ながらに「今はとても特別な瞬間だ」ということを感じていました。

テレビで歌番組を見たあとは、そのまま0時を迎え、そして初詣に出掛けて新しい一年の無事と平安をお祈りする。「特別」なこの日には、そうした一連の行事が当たり前のようになっていました。

ところが、歳を取るにつれてその特別感が薄れていくのを感じるようになりました。それは決してその日をないがしろにするようになってきているということではなく、むしろその逆なのです。

一日という限られた時間のかけがえの無さを理解し、12月31日であっても、1月1日であっても、そして暑い日も寒い日でも、全て等しく大切な「一日」なのだと実感するようになったのです。

以前にどこかで目にしたコラムで、次のような内容のものがありました。有名な内容ですのでご存知の方も多いかと思います。

毎日、日付が変わると自分の口座に86,400円が振り込まれます。そしてその日の夜の0時を迎えた時点で、口座に残っているお金も、引き出して財布に入っているお金も、残高は全て消えてしまいます。

あなたはその貴重なお金を十分に使わずに一日を過ごすことが出来ますか?

というものですが、実はこの金額は一日の秒数を表している数字です。1分は60秒、1時間は3,600秒、1日は86,400秒。

残念なことに、人間というのは時間を使うときにはお金を使う時ほど神経を使わないのが現状です。

自分が時間について考えるきっかけになった出来事の一つに、初めて海外に行った時のことが挙げられます。初めての海外旅行は一人でミャンマーへ行ったのですが、アジア最貧国の一つとされるこの国では、目にするもの体験すること全てが新鮮で、人々の活気、パワーには圧倒されるものがありました。

特に小さな子供たちの姿が印象的で、黄金の寺院のすぐそばで物売りや物乞いをしながら、生きるために一生懸命になっている姿を目の当たりにした時に、ふと、皆に等しく一日は24時間ある中で自分はこれほど必死に生きているだろうか、と今の自分のいる立場に気付かされたのです。

先に挙げた話で、本来お金に換えられないものを金額に置き換えてみるというのは少し無理がありますが、一日を細かな数字で見てみる事で普段意識しなかった価値に気付けるのではないでしょうか。

2013年も二度と来ない今日という一日を大切にし、そして明日にはまた少し成長した自分に会えるのを楽しみになるような過ごし方を心掛けたいと思います。

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ABOUTこの記事をかいた人

「器の愉しさを、もっと身近に」という想いを胸に、代々のスタッフがバトンを繋いできた食卓のエッセイ集です。ある時は 古典文学に想いを馳せ、ある時はイースターの食卓を飾り付ける。京都発、器が大好きな私たちの、ちょっとマニアックで愛おしい「器と文化愛」が詰まったコラムたち。数十年にわたり、メールマガジンを通じて数万人の器ファンに届けられたコラムを復刻しています。