現代の食卓に息づく古代の原理

この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のクリエイティブ担当佐々木が、皿・歴史・テーブルコーディネートにまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。

日々の食卓でも、また人を招いた特別な食卓においても、料理毎にどういった器を使い、それをどのようにテーブルの上に並べるか、ということを考えるのは、愉しみでもあり、とても気を遣う点でもあるかと思います。

とくに日本は諸外国と比べても、取り合わせや配置ということに、とてもこだわりが強い文化だといえます。ですが、それらに独自のルールがあったとしても、日常の生活に溶け込んでしまっていて、ほとんど意識せずに自ら実践していることも珍しくありません。

たとえば、河豚の薄造り「てっさ」を思い浮かべてみてください。向こう側が透けるほどに薄く削ぎ切りにされた刺身が、丸い大皿に花が咲くように整然と盛り付けられていることが多いのではないでしょうか。

てっさに限らず、削ぎ切りされた刺身は必ず丸皿に盛り付けます。これは日本料理の鉄則として古くから守られてきたことです。

実は、こうした決まり事は、日本で古くから脈々と受け継がれてきた「陰陽」の原理を反映したものなのです。

陰陽とは、平安時代に活躍した有名な安倍晴明ら陰陽師たちが駆使した理法とも深く関係するもので、今から2500年以上前の中国、春秋戦国時代に出現した思想が起源です。

宇宙を形成する万物の根本を「気」と捉え、気は陰と陽の二気から成るとする陰陽思想。この古代中国哲学が7世紀初頭の日本にも伝来し、独自の発展をしました。

陰陽思想は、すべての物事を陰と陽の二元論で捉えます。男は陽、女は陰、丸いものは陽、四角いものは陰、などなど。これら対立する2つの要素の調和を追求することが肝要となるわけです。

こうした考え方が、日本文化の隅々にまで深く影響を与えることになりました。食文化も例外ではありません。たとえば、和包丁は片刃が基本ですが、刃のあるほうが陽、刃のないほうは陰となります。刺身の薄造りをする場合、魚の身の左側から削ぎ切りにしていきます。その際、切り離される身のほうに最後まで触れるのは包丁の左側、つまり刃のない陰のほうです。ですので、陰の状態となる魚を盛り付ける場合は、陽の器、つまり丸い皿を使わなくてはならないということになるのでしょう。

逆に、まぐろやはまちなどを平造りにする際は、魚の身の右側から切っていきます。切り離される身のほうに最後まで触れるのは包丁の右側、つまり刃のある陽のほうとなるので、盛り付ける皿は陰である四角い皿が基本となるようです。

ところで、食はもちろん、日本の文化面すべての基底に大きな影響を与えたものとして、たびたび指摘されるのが、茶道です。お茶は仏僧が中国から日本にもたらしたとされ、とくに禅宗との結びつきが強いものです。ですが、千利休が大成した茶の湯を支える大きな原理となっているのも、陰陽の思想なのです。

たとえば、茶事において主は陽、客は陰とされて、それぞれの座る位置が決まっているほか、お点前で使われる「台子」(道具を置く棚)の地板の左方に風呂釜を、左方に水指を飾るのも、火と水という陰陽の対座を表しています。このほかの道具の配置はもちろん、さまざまな所作のなかにも陰陽の理論が細かく反映されているわけです。

そして正式な茶事には懐石があります。現在の和食が懐石から多くを受け継いでいることを思えば、そこに陰陽の思想が色濃く残されているのも納得といえます。

このように厳密な理論的体系をもって食卓の上に宇宙を見出すのが日本の食文化の本質だといっていいでしょう。

洋食が普及し、洋食器を使うことの多い現代の食卓においても、実は陰陽の思想が確かに息づいていることが珍しくありません。そんな古代の壮大なロマンに思いを馳せながら、日々の和洋食器を選ぶのも一興ではないでしょうか。

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「器の愉しさを、もっと身近に」という想いを胸に、代々のスタッフがバトンを繋いできた食卓のエッセイ集です。ある時は 古典文学に想いを馳せ、ある時はイースターの食卓を飾り付ける。京都発、器が大好きな私たちの、ちょっとマニアックで愛おしい「器と文化愛」が詰まったコラムたち。数十年にわたり、メールマガジンを通じて数万人の器ファンに届けられたコラムを復刻しています。