この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のクリエイティブ担当・佐々木が、歴史・春にまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。
現在、NHK大河ドラマで紫式部の生涯を描いた「光る君へ」が毎週放送中ですが、なかなかの評判のようです。
2024年4月1日コラム
源氏物語と花
普段はテレビドラマにそれほど馴染みのない身ではありますが、気になって少しばかり覗いてみても、千年前の昔の世界をとても近しく感じられるような、思わず引き込まれてしまう作品になっていると感じました。
『源氏物語』の作者として紫式部は、日本人なら誰しもが知る存在ですが、かといって彼女と彼女の作品に深く親しんでいるという人ばかりではないでしょうから、こうしたドラマ仕立ての映像作品はとりわけ現代に生きるわれわれにとって価値のあるものといえます。
考えてみれば、もともと源氏物語自体がその成立後ほどなくして絵巻物となり、後々の時代まで人びとの眼を愉しませ、日本の芸術や文化にも多大な影響を与え続けてきましたので、視覚に訴えるビジュアル作品こそが紫式部をめぐる物語世界を描くうえでも王道といえるのかもしれません。
ところで、この大河ドラマに合わせて関連番組もいくつか放送されているのですが、なかには源氏物語を「花の物語」として読み解くという凝った内容のミニ番組もあり、なかなかに興味を持たせてくれました。
源氏物語が「花の物語」であるというのはまさにその通りで、光源氏を取り巻く女性たちはみなそれぞれ花に譬えられたほか、数多くの花々の情景が印象深く登場し、物語を華麗に彩ります。
山桜と源氏
源氏物語に登場する数多くの花々のなかで、やはり別格の存在となるのは「山桜」ではないでしょうか。
というのも、山桜は物語のなかで最も多く登場する花であり、そしてなにより光源氏の最愛の女性である「紫の上」が譬えられた花だからです。
源氏物語では源氏と紫の上の出会いの場面はもちろん、その人生の折々で山桜が象徴的に描かれています。ちなみに、源氏の息子である夕霧が紫の上に一目ぼれして詠んだ歌でも、彼女は桜の美しさに譬えられました。
奈良時代は花と言えば梅、それが平安時代に入ると桜に取って代わられたというのはよく言われることですが、当時の桜というのは日本の固有種である「ヤマザクラ」のことを指していたようです。
平安時代の貴族たちがヤマザクラの花見を愉しむようになり、その文化が江戸時代に庶民のあいだにも広がりました。日本人にとって桜は特別な存在ですが、そのルーツをたどれば、源氏物語の世界と深くつながっているといえるわけです。
花とのあいだ
さて、このように源氏物語は花をめぐる究極の美の物語であり、日本人と花との距離感の近さを示す感性の記録であるとも感じます。
そこで個人的に気になるのが、源氏以前にさかのぼって日本人と花との関係性とはどのようなものだったのか、というところです。
先にも触れましたように、奈良時代には桜よりも梅がポピュラーな存在でした。貴族が大陸から伝わった梅を鑑賞しながら歌を詠んだ「梅花の宴」が花見の直接的な起源ともいわれます。その時代の梅の花見としてとくに有名なのは、やはり大宰府の長官大伴旅人の邸宅の庭で開かれたものでしょう。
この宴が画期的だったのは、梅の花を愛でながら漢詩ではなく、当時の日本の言葉で短歌を詠んだことでした。舶来の花と対峙しながら、自らのアイデンティティを強く意識するという、注目すべき精神の動きがみられたわけです。
源氏物語を読んでも感じることなのですが、古代の日本人にとって自らとその周りの環境とのあいだを取り持つ重要な媒介は、言葉であり花であったのではないか、という気がしてなりません。
時を超える花飾り
『万葉集』には、大伴旅人邸での梅花の歌をはじめ、当時の人びとの花との関わりを伝える歌がいくつも見受けられます。
たとえば、「挿頭」(かざし)が登場するものがそうです。挿頭とはすなわちのちの時代でいうところの「簪」(かんざし)のことであり、当時は生花を頭に飾りつけたものでした。
これは男女関係のない装飾で、さまざまな花を頭に挿したほか、つる草を巻いたものに玉などをつけた冠(「蘰(かづら)」と言います)のような被り物を身に着けたようです。ここから古代の日本には、生きた植物の花で身体を飾るという、きわめて古くからの独特な風習があったことが垣間見えます。実はそれは平安時代にもしっかりと受け継がれていたようです。たとえば、宮中儀礼において天皇が臣下の冠に自ら生花を挿すということがおこなわれていました。(日高敏隆・白幡洋三郎編『人はなぜ花を愛でるのか』八坂書房、2007年)
源氏物語にも登場し、いまも京都の下鴨神社と上賀茂神社の例祭として続く「葵祭」にて、勅使らの冠に葵の蔓を飾ったり、あるいは同祭よりもさらに古い歴史をもつといわれる京都・宮津の籠神社における「葵祭」(もとは藤祭)で神職が冠に藤の花を挿すというのも、そうした古代の文化を脈々と伝えている例だといえるでしょう。
蘇る春山の神
そういえば藤の花といえば、万葉集と同じころに成立した『古事記』に面白い話がみえます。
但馬国(いまの兵庫県北部)の出石に誰にもなびかない美しい娘がいました。あるとき、「春山之霞之壮夫」(はるやまのかすみのおとこ)という神が彼女をものにできるか兄神と賭けをします。
彼は母親が藤の蔓を織って一夜のうちにつくってくれた衣服と弓矢という出で立ちで意中の人のもとに向かいます。するとどうでしょう、それらからいっせいに藤の花が咲き、その甲斐あって彼女の家に入ることができ結ばれるという超展開のお話です。
こうなると全身花まみれ状態で、まさに花と一体です。おそらく「花と一体」というこのあり方こそが、日本の土着の最も古い感性に根差すものなのでしょう。だからこそ、源氏のヒロインたちも花そのものに譬えられたといえます。
そして現代でも老若男女が花見に夢中になるのは、桜にまみれて一体となりたいという、やむにやまれぬ古代からのDNAがうずいて仕方がないためなのではないでしょうか。
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