この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のクリエイティブ担当・佐々木が、新春・歴史にまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。
中国で干支(えと)が生まれたのは、紀元前17世紀から同じく11世紀にかけて存在した「商」(殷)の時代のことであったといわれますので、実に長い歴史があります。
2024年1月1日コラム
干支の不思議
簡単にいえば、60を周期とする数の数え方が干支です。それが暦にも用いられ、現代にまで伝わって来ました。もっとも本来の干支は、十干と十二支の組み合わせですが、現代の日本では干支とはすなわち十二支として定着しています。
さて、その十二支のそれぞれに12の動物が当てられたのも、とても古い時代のことのようです。しかし、その由来について詳しいことは、実のところ何も分かっていません。
そもそも十二支を表す文字に、鼠やら牛やらといった意味はなかったともみられています。私たちにとって馴染み深い干支の動物たちは、思いのほか深い謎に包まれているといえます。
そんな謎深いキャラクターたちのなかでも群を抜いた不思議な存在となると、今年の干支である「辰」つまり龍ではないでしょうか。
実在の動物たちが集っているなかで、唯一想像上の生き物である龍がなぜいるのかについても、その理由は定かではありません。
古代中国人にとっては、実在を信じて疑わないものだったということなのか、あるいはワニのような動物をそれと見たのか、またあるいは恐竜の化石から着想を得たのか、諸説はいろいろとありますが、いずれも推測の域をでないようです。
龍の故郷
いずれにしても、かなり早い段階において、「辰」が龍の意味をもつようになったことは間違いありません。
よく知られているように、中国において龍は皇帝のシンボルであり、極めて尊い神獣としてその威光たるや他を圧するといいますか、なにせ赫赫たるものがあります。
歴史的に龍の存在をどこまで遡れるかというと、どうやら商時代よりも相当以前になるようです。
現在の中国東北部に紀元前47世紀ごろ―つまり商時代よりもさらに3千年前(!)—に発生した「紅山文化」の遺跡から、龍を象ったヒスイの玉器などが数多く出土しており、どうやらここが龍の「誕生地」だったとみられるのです。
しかも、現在の研究によれば、この紅山文化こそが中国文明につながる始原であった可能性があるとも考えられています。
それだけに、龍は中国文明の勃興そのものに関わる、まさに神獣中の神獣というわけなのです。
龍と日本
では、龍が日本にやってきたのは、いつごろのことでしょうか。
これまでの考古学上の成果によれば、遅くとも弥生時代後期つまり2千年前ごろのことのようです。卑弥呼の時代といえば、分かりやすいでしょうか。おもに東海から近畿、九州にかけての遺跡で出土した土器に、龍の意匠を確認することができます。
それら龍の土器は、井戸の跡から発掘されることが多く、龍と水との深い結びつきが垣間見えます。
もともと古代中国においても、龍は水を司る神でした。商時代には、龍の紋様が彫られた「瓏」(ろう)という玉器を使って雨乞いの儀式がおこなわれていたといいます。
考えてみれば、先の紅山文化では早くも農耕をしていたとみられますので、当初から龍は農業を通じた文化の発生と密接に関わった存在だったといえます。
それゆえ、日本で本格的な農耕文化が始まった弥生時代の遺跡から、龍の痕跡が確認できるというのは、農業とともに龍もやってきたことの証なのかもしれません。
ところで、2年前にイギリスの科学誌『ネイチャー』に興味深い論文が掲載されました。
最新の言語学や遺伝学を駆使したこの研究によると、日本語が属する「トランスユーラシア語族」(日本語のほか、朝鮮語やモンゴル語やトルコ語など)のルーツは、現在の中国東北部を流れる西遼河流域で約9千年前の新石器時代にキビの栽培を始めた人びとの言語にあるというのです。
また、彼ら農耕民の遺伝子を受け継いだ人びとの一部がその後中国南部の稲作文化を取り入れつつ、約3千年前に九州などへ移住したことで、今日につながる日本語の基盤が形成されることになったとも指摘しています。
実に斬新かつ興味深い学説です。ここで思い起こさなければならないのは、先ほどの紅山文化も西遼河流域にあったということです。
こうしてみると、言語・遺伝子・農耕技術とともに、龍の信仰文化が極めてダイナミックな形で結びついて、現代のわれわれを形作ってきたことが目に見えるかのようです。
今年は十二年に一度の辰年ということで、より一層、龍が身近に感じられる年でもあります。
全国には、龍にまつわる伝説や信仰が息づく場所が数多くあります。たとえば、京都で最も古い史跡である庭園「神泉苑」の大きな池には、古来より龍が住むといわれています。
ちなみに神泉苑は、平安京造営のときに大内裏の南側にあった池を禁苑つまり天皇のための庭園として整備したものです。それ以来、池の水は一度たりとも枯れたことがなく、古くから雨乞いの神事がおこなわれてきました。
年頭でもあり、また昨年来から全国的に水不足となっていることもありますので、近くに住む龍のもとにお参りし、悠久の歴史に想いを馳せながら今年一年の無事を心静かに祈りたいものです。
池上正治『龍の世界』(講談社、2023年)
Robbeets, M. et al. “Triangulation supports agricultural spread of the Transeurasian languages.” Nature 599 (2021), pp. 616-621.
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