この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のクリエイティブ担当・佐々木が、クリスマスにまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。
大阪の地下鉄・堺筋本町駅のほど近く、本町通沿いを歩いていると近代的なオフィスビルの谷間に、突如として巨大なアート作品の姿が眼に入ってきます。
2022年12月1日コラム
蘇ったフェニックス・モザイク
大阪商工信用金庫本店ビルの壁面を、カラフルかつ愛らしく飾るこのレリーフは、そびえ立つビル群の無機質な質感とは明らかに異なるものの、周囲と不思議と調和していて温かな空気の流れをつくっています。
建築家・今井兼次の手によるデザインで、タイトルは「糸車の幻想」。その名のとおり、中央に大きな糸車、そのうえに天の川がかかり、左右にはアルタイル(彦星)とヴェガ(織姫)、そして月が、モザイク画として幻想的に描かれています。
使われている素材も興味深いものです。モザイク画ですので焼き物のタイルなのですが、普通ならば廃棄される使用済みのものを再利用しています。そのほかにも茶碗や皿や銚子など実際に家庭で使われた日用の陶器類なども用いられているのです。
今井兼次は同様のやり方でモザイク壁画を複数制作し、それらを「フェニックス・モザイク」と名付けていますが、それは使い捨てが当たり前となった大量生産・大量消費の時代に対するアンチテーゼであり、不死鳥のように再生する持続的な社会への希求でもあったといえます。
ところで、堺筋本町のフェニックス・モザイクは2017年に再現されたものです。もとの壁画は、かつて同じ場所にあった東洋紡本町ビルの屋上に1961年から飾られ、高度成長期を支えた繊維産業が盛んであった大阪・船場の地にまことに相応しい存在でした。
その後50年以上たって、安藤忠雄氏が設計したビルに建て替えとなった際に、このモザイク作品もいちから新しく作り直されたのです。もちろん、この再現でもさまざまな中古の素材が用いられたことはいうまでもありません。
まさに今井の想いを体現するかのように、フェニックス・モザイクは新たな息吹を吹きこまれ、時代を継いで再生したといえます。
モデルニスモの装飾芸術
明治28年に東京で生まれた今井兼次は、30歳代はじめにヨーロッパにわたり、各地の建築動向を視察しました。当時は、すでにモダニズム建築が最先端の潮流となっていて、今井もバウハウスの建築を見たり、またル・コルビュジエにも対面するなど、世界が注目する建築と建築家たちから直接学ぶ機会を得ました。
がしかし、彼に最も感銘を与えたのは、そうした合理主義のメインストリームを進むものではなく、スペインのアール・ヌーヴォーである「モデルニスモ」、すなわちアントニオ・ガウディの作品に代表されるような、それぞれの地域の文化や特性を活かした近代建築のあり方だったのです。
巨匠ガウディが色鮮やかなモザイクの装飾を施した建築を多く残したことはよく知られています。今井もその影響を強く受けているといえますが、人々と実際に生活をともにしてきた焼き物から新たな美を生みだしたのは、彼独自の深い精神性によるものだといえるでしょう。
今井のフェニックス・モザイクによる壁画作品は、堺筋本町のもののほか、千葉の大多喜町役場(1959年)、東京の東洋女子短期大学(1961年)、長崎の日本二十六聖人殉教記念館(1962年)など日本各地の建物を飾っています。いまでも当時のままの姿を見ることのできるものも多くあり、彼のメッセージを直に感じることができます。
イスラムとタイル
釉薬をかけた粘土などを高温で焼成した焼き物は、色や輝きを末永く保つことができ、また防水面でも優れているため、外装材として古くから用いられてきました。今井作品の不死性を支えるのも、「タイル」のこうした特性に寄るところが大きいといえます。
世界最古のタイルは、古代エジプトにさかのぼるといわれ、古代ローマ時代の遺跡からもタイルを用いた華麗な装飾が出土することはよく知られています。
一方で、こうした建築用のタイルが大きく発達したのは、イスラム世界でした。イスラム教が偶像崇拝を厳しく排したこともあって、幾何学模様など複雑な意匠が発達し、それを美しいタイルにしてモスクに張り詰めるという、独特な建築装飾の様式が生まれたのです。
隙間なくみっちりと文様で埋め尽くす装飾については、いわゆる「空白に対する恐怖」(horror vacui)があるからだと説明されることもありますが、こうした空間全体を覆い尽くすイスラムタイルの特徴を大きく受けたのが、スペインやポルトガルといったイベリア半島でした。
再生のアズレージョ
この地域は8世紀から長期間にわたってイスラムに支配されたことで、多方面に文化的影響を被りました。鮮やかなタイルを用いた建築装飾はその最たるものといえるかもしれません。たしかにガウディにしても、あのタイルの密集には如実にイスラム文化の存在を感じさせます。
また、とくにポルトガルではタイル文化がさらに独自の豊かさを花開かせます。「アズレージョ」として知られるポルトガルのタイルには、イタリアのマジョルカ焼やオランダのデルフト焼の影響が重なり合っていきますが、建物全体を覆い尽くそうとする情熱は一貫して失われることはありませんでした。
それは18世紀半ばのリスボン大地震後も変わりませんでした。リスボンを中心にポルトガル全域で壊滅的な被害を出したこの地震では、アズレージョで装飾された多くの建物も失われました。しかし震災から立ち上がったポルトガルの人々は、再びアズレージョをまとった美しい街を造り上げ、いまに受け継いできたのです。
このことは、タイルという素材のなかに不死鳥のような生命力を見た今井兼次の強い想いと響き合うところがあるようにも感じます。
ちなみに今年は、日本で陶磁器製の建築資材を「タイル」という呼称で統一することがきまってから百年の節目です。今井作品をはじめとして、日本各地に存在する美しいタイルアートの建築を訪ねてみるのも一興かもしれません。
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