愛と電脳のピカソ

この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のクリエイティブ担当佐々木が、ひな祭りにまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。

このごろは、ビットコインやイーサリアムといった仮想通貨の話題を聞かない日はないほど、ほんのちょっとの前のことを思えば考えられないぐらい急速にデジタル資産がポピュラーなものになっているようです。

2022年3月1日コラム

そしていまは「NFT」なるものが巷間を騒がせているらしい。当方、このような方面にはもとより疎いところですので、「こんどはNFTだ」と訳知り顔の事情通から耳打ちされても、ぼんやりと遠くの山並みを眺める心地がするばかりです。

どうやらNFTとはデジタルデータに一点もののお墨付きを与える仕組みのようです(間違っていたらごめんなさい…)。通常、デジタル空間にあるデータは、簡単に複製・加工・共有できるものですので、固有の価値を与えることは難しいわけですが、仮想通貨に用いられる技術を応用してデータの制作者や所有者の取引履歴を高度に記録することで、唯一無二のオリジナルであるという、いわば「品質証明」をおこなうことが可能になったわけです。

ヴァロリスのピカソ

こうした特徴から、NFTは芸術分野との相性の良さが自ずと際立ってきます。美術品はそもそもが一点ものです。ですので、これをNFT化して取引しようとする動きが、投機目的と重なって活発になってきているのでしょう。

今年初め、それを象徴するような出来事が海外からの報道で伝わってきました。そのニュースによると、かの20世紀を代表する芸術家パブロ・ピカソによって1950年代に制作された未発表の陶芸作品の画像をNFTとして販売し、その実物も今月中にはオークションにかける、というのです。しかもその数、1010件といいますから、なおのこと驚かされます。

ピカソは第二次世界大戦直後、南仏の小さな街ヴァロリスに移り住み、そこで盛んに陶芸作品を制作した時期がありました。陶芸家ラミエ夫妻の知遇を得たことで、彼らが経営する「マドゥラ工房」を拠点にし、地元の陶工たちとコラボのような形で作陶したのです。

すでに60歳をゆうに超えていたピカソですが、創作意欲の塊であり、これまでも芸術表現を大きく変化させることを躊躇しなかった巨匠は、陶器というあらたな分野にのめり込んでいきました。最初の一年だけでも数百点の焼き物を制作し、生涯では三千点にも上ったといわれますので、ここからも今回NFT化されるという作品の規模の大きさがうかがい知れます。

ピカソの陶芸作品は、絵画と比べるとあまり知られていないかもしれませんが、従来の焼き物の概念を覆す、きわめて革新的なものであったといえます。よく知られているようにピカソは絵画に立体的な表現を込めていこうとした芸術家ですので、焼き物で自由に形を表現できることは大きな魅力だったのでしょう。彼は、陶工が轆轤を挽いてつくった素地に大胆に手を加えることで、これまで誰も見たことのないような作品を生み出していきました。

またピカソにとっては、焼き物が平面の絵とは異なるのは、そうした自由な造形が可能だということだけではなく、その色合いにもありました。油絵具はどうしても経年劣化してしまいますが、焼き物の色は鮮やかなまま永遠に存在しつづけます。それは色彩に強いこだわりをもつピカソの感性を刺激せずにはおかなかったのでしょう。

※ ご覧の時期によって価格等ご案内の情報が異なる場合がございます。最新の情報は各店舗にてご確認ください。

ABOUTこの記事をかいた人

「器の愉しさを、もっと身近に」という想いを胸に、代々のスタッフがバトンを繋いできた食卓のエッセイ集です。ある時は 古典文学に想いを馳せ、ある時はイースターの食卓を飾り付ける。京都発、器が大好きな私たちの、ちょっとマニアックで愛おしい「器と文化愛」が詰まったコラムたち。数十年にわたり、メールマガジンを通じて数万人の器ファンに届けられたコラムを復刻しています。