国産洋食器の100年 ~良きが上にも良きものを

この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のクリエイティブ担当佐々木が、大倉陶園・マイセン・歴史にまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。

とりわけ磁器のなかでも白く透明感のある白磁はヨーロッパの王侯貴族を虜にし、自らの手でも作り出したいという情熱をたぎらせました。

2020年4月1日コラム

西洋の磁器の歴史が、東洋に対する憧れから出発したことはよく知られています。

こうしてヨーロッパ各地に磁器ブランドとして今日まで続く名窯が生まれ、磁器の先進地域であった東洋にまで愛好家を生み出したことは、東西交流史のハイライトのひとつといえます。

さらにいえば、その後東洋でも西洋磁器が作られるようになるとは、誰も予想だにしなかったことでしょう。

昨年2019年は、日本を代表する洋食器メーカーである大倉陶園が創立されて100周年の節目でした。

大倉陶園100年の歩みを記念した展覧会が京都を含め各地を巡回し、草創期から現在にいたるモノづくりの歴史が紹介されました。

ドイツのマイセン窯やフランスのセーヴル窯に比肩するような作品を生み出すことを目指した大倉陶園。

出版業から身を起こした創業者の大倉孫兵衛と和親親子は、日本人の手で高品質の洋食器を作り出すことで国益に貢献するという強い思いがありました。

欧米列強に伍していくことが悲願であった当時の日本で、国賓をもてなす宮中晩さん会でいまだに外国製の洋食器が用いられていることは、大きな問題だったのです。

実業家としていくつもの会社を興して日本の資本主義の成長に寄与してきた孫兵衛でしたが、大倉陶園の創立にあたっては、「良きが上にも良きもの」を作るために、収益はまったく度外視した姿勢で臨むことを理念としました。

大正12年12月10日に初めての火入れがおこなわれた1週間後に亡くなった孫兵衛の遺志は、その後もしっかりと受け継がれ、「此上なき美術品」の創出が目指されます。そして昭和の初めに同園の洋食器が宮中の饗宴用として採用されるに至ったのです。

今回の展覧会では、美しいデザインと高度な技術によって作られた作品を楽しみながら、これまで知られてこなかった大倉陶園の歴史をたどることができる内容となっていました。

優美で洗練された作品の数々には、漆器の装飾に用いられる蒔絵の技法を取り入れたものや、釉薬の下ではなく上に絵付けをする大倉陶園独自の技法「岡染め」が施されたものなど、日本古来の伝統とそれを革新する精神が横溢しています。

きわめて短期間のうちに、世界レベルの品質と独自性をもった洋食器を生み出すことができた大倉陶園の偉業に日本のクラフトマンシップの神髄を見るようです。

101年目を迎えた大倉陶園のこれからに改めて注目していきたいと思います。

※ ご覧の時期によって価格等ご案内の情報が異なる場合がございます。最新の情報は各店舗にてご確認ください。

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「器の愉しさを、もっと身近に」という想いを胸に、代々のスタッフがバトンを繋いできた食卓のエッセイ集です。ある時は 古典文学に想いを馳せ、ある時はイースターの食卓を飾り付ける。京都発、器が大好きな私たちの、ちょっとマニアックで愛おしい「器と文化愛」が詰まったコラムたち。数十年にわたり、メールマガジンを通じて数万人の器ファンに届けられたコラムを復刻しています。