この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のクリエイティブ担当・佐々木が、皿・歴史・ひな祭りにまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。
学生時代、はじめてヨーロッパを旅して見てまわった各地の風物のなかでも、いまでも思いおこすのは、南イタリアの陽光の強さと海の青さです。
ナポリを見て死ね
あの強い日差しに輝く紺碧の海原と、ナポリ市街の混沌とした猥雑さのコントラストを目の当たりにすると、たしかに生涯一見の価値あり、という気がしたのも旅の楽しさでした。
ナポリ湾は、北にナポリ、ポッツオーリの市街、西にイスキア島、南にはソレント半島やカプリ島を望みます。
そして東には、古代ローマ時代にも変わらぬ威容を誇ったであろうヴェスビオ火山と、その麓に古代遺跡ポンペイの遺跡があります。わたしが訪れた当時は、ポンペイが世界遺産に登録されて間もなかったこともあり、各国からの大勢の観光客が押し寄せるようになったころでした。
商業都市として繁栄していたポンペイが、大噴火したヴェスビオ火山の火山灰と火砕流によって一夜にして壊滅。その後2千年近くにわたって完全に保存されたまま、まさに時空を飛び越えて現代のわれわれの目の前に存在しています。
居酒屋や浴場や貴族の邸宅など、当時の暮らしぶりが手に取るようにわかるポンペイ遺跡のなかで、わたしがとくに面白く感じたのはパン焼窯でした。現代のイタリア料理店にあるピザ窯とまるで同じなので、素直に感動してしまいました。
文化が古代から現代へと一筋につながっている感覚は、ふだんの生活のなかではなかなか味わうことが難しいといえます。食文化はより身近であるぶん、なおさらかもしれません。
先日、久しぶりに伊勢神宮にお参りしてきましたが、図らずも数十年近く前にポンペイで感じたものと同じ感慨に襲われました。
衣食住をはじめとする産業の守り神である豊受大御神をお祀りする外宮には、「日別朝夕大御饌」(ひごとあさゆうおおみけさい)と呼ばれる儀式があります。午前と午後のそれぞれ一回ずつ、天照大神に食事をお供えするもので、約1500年にわたって毎日欠かさずおこなわれてきました。
忌火屋殿(いみびやでん)にて、古代のままのやり方で食事が調理されます。火きり具を用いて火をおこし、御飯、魚、野菜などが盛られた御膳(神饌)が整えられるのです。
日本料理は伝統的に大皿料理ではなく、ひとりひとりに御膳を用意するスタイルで、それはいまでも懐石や宴会などに見られます。まさにその源流が伊勢神宮に見られるわけです。
タイミングがあえば、忌火屋殿から御饌殿へと神饌を運ぶ神官たちを垣根のあいだから伺うことができます。静々と歩む一団の姿は、遺跡のなかに残された文化ではなく、まさに現役の文化として、いまなお脈々と生き続けているのです。
何気ない食卓の風景にも、かならず起源と歴史があっていまに至っています。そう思うと、一枚のお皿の装飾や一杯のグラスのフォルムにも、尽きせぬ好奇心が芽生えてくるようです。
そんな好奇心を満たすために、また旅に出てみたいと思う今日この頃です。
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