この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のショップスタッフ・鵜飼が、弁当箱・七夕にまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。
今回は、日本人にはとても身近な「お弁当」。世界各国でも「Bento」として日本式の弁当箱と共に認識されており、「Bento」は辞書にも載っており、「お弁当は素晴らしい日本文化だ」と注目されています。
だんだん強い日差しとなる中、皆様いかがお過ごしでしょうか。
私が住んでいる地域ではまだ中学校給食が実現されておらず、夏場のお弁当作りは防腐効果の工夫はもちろんのこと、おかずの彩り・栄養バランスも考えて・・と、毎日頭を悩ませています。
さらにママ友からは、アレルギーがある子供のお弁当作り・好き嫌いが多い子供のお弁当作りはパターンが限られてしまい大変だという声も耳にします。
部活の大会・試験など大事な場面でのお弁当は必要不可欠で、食中毒はもってのほか、母である私の大事な役目の一つです。
休みの日にほうれん草のおひたしや肉の時雨煮などをまとめて調理して水気をよく切っておかずカップに入れて冷凍保存、そのままお弁当に入れて自然解凍&保冷材の役割へ→食べるときは冷たくて口当たりが良く食べやすい。
試行錯誤しながらのお弁当ではありますが、不思議なことに母に作ってもらったお弁当ととてもよく似たお弁当を作っていることに気がつきます。
夏のお弁当でいつも思い出すのが、母から聞いたおばあちゃんが塩むすびと梅干しをたけのこの皮(殺菌作用があるため)で包んで持って行き畑仕事をしていたことです。
熱中症にならないように塩むすびを食べて、炎天下の中、毎日働いたそうで、よく倒れずに体が動いたなあと思ったらしく、私もその話を覚えており、何となく、親子のつながりを感じながら、冬より夏のおかずは、味付けを濃くすることを心がけています。そして、実は竹の皮はラップとアルミのいいとこ取りの素材。上手に使うと再利用が可能ですし、また、蒸気を吸う素材であるため、米のおいしさが逃げず、時間がたってもベチャベチャになることがないのです。時代を超えて使える知恵です。
さて、お弁当の始まりは?というと・・確認できる最も古いお弁当の記述は、奈良時代の「古事記」に、「御粮(みかれひ)」を昼食に持って行って食べている記述があります。
その後平安時代には、「頓食(とんじき)」と呼ばれるおにぎりなども携帯されるようになりました。このころから乾燥米のお弁当と現在のように乾燥させないお米で作ったお弁当が出てきたようです。「弁当」という言葉が誕生したのは、安土桃山時代、織田信長の時代であったと言われます。弁当の由来は、「便當(べんとう)」という中国の言葉が語源とされ、「便利なこと」「好都合」といった言葉です。なんだか、お弁当を表すのにちょうどいい言葉のような気がします。
これが日本に入ってきて「便道」や「弁道」などの漢字がつけられ、安土桃山時代に「弁えて(そなえて)用に当てる」という意味を込めて「弁当」という言葉がつけられました。
お弁当の中身も大事ですが、それを持ち運ぶ容器「お弁当箱」も重要。
当初、干飯を持ち運ぶための容器として、乾燥させた食べ物を入れる「かれひけ」、ご飯を入れる飯桶を意味する「面桶(めんつう)」、そして平安時代には「破子(わりこ)」という、中に仕切りのある、今の弁当箱の原型となるようなものが作られました。
その後、安土桃山時代に「提重(さげじゅう)」と呼ばれる、今の重箱のようなお弁当箱が出来上がり、上流階級や富裕層が花見などを行う際に使用されていました。
桜の下、または紅葉の下で、お弁当を食べながら四季を楽しむ。昔も今も、まさにお弁当の一番の楽しみ方なのかもしれません。
大げさなものを入れなくても、日ごろから食べているもので素敵なお弁当が出来上がる日本の素晴らしい文化、「お弁当」。
家族が健康に過ごせるよう、毎日のお弁当作りを精一杯やり遂げたいと思います。
毎日使うものだから清潔に。洗い替えに1枚いかがでしょうか。
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