令和元年 御代替りを寿ぐ

この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のクリエイティブ担当佐々木が、徳利・酒器・端午の節句にまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。

もう10年以上も前のことですが、京都の三条界隈の骨董店でガラスの徳利を購入したことがあります。

とても薄いつくりで、ちょうど玩具のビードロを思わせるような、細長い首とふっくらとした胴をもちます。その繊細で涼やかな姿から夏場に使う酒器かと思ったところ、店の主は、燗用の徳利として大正時代に作られたものだ、と言っていました。

陶器の徳利や金属製の「ちろり」などはよく見かけるものの、ガラスの燗つけ徳利は珍しく感じて、それ以来大切に愛用してきました。実際に燗をつけてみると、薄いガラスのためか、早く温まり、また実に口当たりのまろやかな酒になるのが不思議です。

全体的に微かに歪みや厚みのムラがあり、ガラスを透かすと口縁と首の部分に小さな空気の泡がいくつか入っているのが見えます。今のものにはない独特な味わいを感じさせます。

作られた当時の空気をそのまま閉じ込めて、大正・昭和・平成と100年近くの時空を旅してきたかと思うと、お酒の味もまた一層引き立つようです。

日本人的な感覚なのかもしれませんが、長く受け継がれてきた徳利ひとつにも、何かその身にオーラというか、魂のようなものが宿るように思います。

古くからこの国には、人間だけなく草木一本にも、また生物ではないものにさえ、尊い魂が備わっている、という信仰があったといわれますが、とくに人が手にしたり身に着けたりして大事に扱ってきたモノそのものに、より強い生命力や気というものが染みつくように感じられるのかもしれません。

いにしえの宮中では、天皇が身に着けていた衣服を箱に入れて振るという、とても興味深い儀式がおこなわれていたそうです。この秘儀は、衣服に染みついた霊力を増大させ、持ち主である天皇へと再び返すことで、健康や長寿ひいては国家の安寧を祈念という意味があったとみられます。

その後の日本の歴史をひもといてみても、貴人が身に着けていた衣類などの品を配下の者に下げ渡す行為には、もちろん経済的な意味もありながら、その一方で宗教的な側面もあったと思われます。モノに宿った持ち主の霊力を分けてもらうことで自らの力とする、というようなことでしょうか。

どんなモノであっても尊い命を持ち、代を重ねて人々の手を渡っていけばいくほど、大切にしてきた持ち主たちの想いもその都度積み重なっていく。骨董が放つ魅力の正体はこうしたところにあるように感じます。

これまで受け継いできたものではなくとも、新品として手に入れた逸品を次世代へと受け渡し、“新たな骨董”としていくことも、これからの日本文化のさらなる興隆にとってなくてはならないとても重要なことだといえるでしょう。

新天皇が御即位され、「令和」の名のもとで新しい時代が幕開けしました。この御代替りの特別な瞬間を、時を超えてきた酒器から注いだ祝杯をもって寿ぎ、これまでの悠久の歴史に感謝しつつ、次の時代に伝えていくべきものについて期待をもって真摯に想う日としたいものです。

※ ご覧の時期によって価格等ご案内の情報が異なる場合がございます。最新の情報は各店舗にてご確認ください。

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「器の愉しさを、もっと身近に」という想いを胸に、代々のスタッフがバトンを繋いできた食卓のエッセイ集です。ある時は 古典文学に想いを馳せ、ある時はイースターの食卓を飾り付ける。京都発、器が大好きな私たちの、ちょっとマニアックで愛おしい「器と文化愛」が詰まったコラムたち。数十年にわたり、メールマガジンを通じて数万人の器ファンに届けられたコラムを復刻しています。