戸切子と美食家 北大路魯山人との関係はご存知ですか?

この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時の品質・配送管理小西が、テーブルコーディネート・七夕にまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。

「高みを行く人間は、大衆には決して理解されない」と「大衆に迎合されるのを良しとせず、自らの信じる美しさを徹底追及する」という独自の価値観を魯山人は持っていたと言われています。

傍若無人・傲岸不遜・毒舌家といろいろな悪評がつきまとい、かなり偏屈な性格をしていたことでも知られており、二十歳そこそこの頃貧乏だったといいます。

なけなしの小遣いを貯めて赤い江戸切子を買い、それでいつも豆腐を食べていたそうで、

傍から見てもうまそうなその姿は、実に贅沢に映っていたそうです。

資産家の家に行くことが多かった彼は、さまざまな料理を見てきたせいか若い頃から食べ物に対して並々ならぬ興味を持っていたようです。

その経験が後に料理家・美食家としての功績に繋がり、今の私達の食卓にも彼の影響は大きく残っているといいます。

江戸切子には、「酒や料理を一段と贅沢なものにしてくれる力がある。」と言われており、料亭でも懐石料理の器として用いられることがあります。

魯山人は、『江戸切子』によって自分の食べる豆腐を贅沢な料理に変えて、味わっていたのかもしれませんね。

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「器の愉しさを、もっと身近に」という想いを胸に、代々のスタッフがバトンを繋いできた食卓のエッセイ集です。ある時は 古典文学に想いを馳せ、ある時はイースターの食卓を飾り付ける。京都発、器が大好きな私たちの、ちょっとマニアックで愛おしい「器と文化愛」が詰まったコラムたち。数十年にわたり、メールマガジンを通じて数万人の器ファンに届けられたコラムを復刻しています。