6月は祝日もなくイベントも少ないと感じますが、6月の第3…

この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のバイヤー竹田が、母の日・父の日・梅雨にまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。

6月は祝日もなくイベントも少ないと感じますが、6月の第3日曜日、「父の日」が今年は6月19日にあります。「母の日」と同じく「父の日」もアメリカの発祥ですが、母の日に比べてあまりにも認知度が低いと思います。母の日にはカーネーションが贈られるのはよく知っていますが、「父の日」には何を贈るのか?それは、バラだそうです。

6月10日は『路面電車の日』1995年に路面電車を持つ自治体が<路面電車サミット>を開催。6(ろ)10(でん)の語呂合わせから記念日に制定されました。

ところで、日本最初の路面電車が走ったのは京都です。1895年(明治28年)2月に民営の京都電気鉄道会社が京都で開業。最初は京都駅付近から伏見間の営業を開始、その後、1978年(昭和53年)9月30日までの83年間京都市内の通りを縦横に走っていたのです。

遅れて、1912年(明治45年)6月に京都市営電車の営業が開始されるや、民営の京都電気鉄道と激しい客の取り合いがはじまりました。

そこで、1918年(大正7年)に京都市が京都電気鉄道会社を買収します。これで競合区間の路線が統一されました。

その後、昭和初期までは、市電の黄金時代が続きます。しかし、昭和30年代後半から市電と競合する市バスや民営バスが増加、自家用車も増え市電経営は行き詰まりを見せ、昭和53年にとうとう幕を閉じてしまいます。私も幼少のころ、よく市電に乗せてもらっていたので、とても寂しい気持ちになったことを思い出します。

その頃は、路面電車が停車し乗客が乗降する停留所を電停と呼んでいました。昭和52,3年ごろの運賃は¥90~¥100だったと思います。

なぜ、全国に先駆けて京都が最初に路面電車を走らせたのか、その背景には、東京遷都です。京都市民は東京遷都による京都の衰退を危惧し、危機感を大いに抱きました。その産業振興の一環として、琵琶湖疏水による国内最初の水力発電所を建設し、その電力を利用して路面電車を走らせることができたのです。

開業当時のエピソードとして、疎水の流れが止まると路面電車も休業となりました。

先走り(告知人)の少年がいました。路面電車は市内を走る為、昼は旗、夜は提灯を持ち「電車がきまっせえ、あぶのうおまっせえ」と叫びながら電車が近づくことを知らせる告知人がいました。まだ12歳~15歳くらいの少年です。仕事は危険で重労働、告知人の少年が電車にひかれる事故が多いため、その後告知人制度は廃止されました。

現在、京都唯一の路面電車は、嵐電こと京都電鉄嵐山線(四条大宮~北野白梅町、嵐山)のみ。しかしながら、この区間には、広隆寺、東映映画村、天龍寺、嵐山など見所がいっぱい風情ある路線です。古い町並みには路面電車がよく似合うと思います。梅雨に入りましたが、路面電車での京都観光もおすすめです。

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「器の愉しさを、もっと身近に」という想いを胸に、代々のスタッフがバトンを繋いできた食卓のエッセイ集です。ある時は 古典文学に想いを馳せ、ある時はイースターの食卓を飾り付ける。京都発、器が大好きな私たちの、ちょっとマニアックで愛おしい「器と文化愛」が詰まったコラムたち。数十年にわたり、メールマガジンを通じて数万人の器ファンに届けられたコラムを復刻しています。