この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のバックオフィス・楠橋が、梅雨にまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。
日本全国で囲碁の町はいくつかありますが、なかでも広島県尾道市は囲碁のまちづくり推進協議会があり、囲碁を市技として定めて、囲碁文化の継承や囲碁の普及に取り組んでいます。
もともと1997年に因島市が全国で初めて「囲碁」を「市技」として制定し、2006年に因島市が尾道市と合併された後も尾道市が市技として継承しています。その間2002年には全国的にも珍しいプロ・アマが対戦する「本因坊秀策杯」を開催し、その後も数々の囲碁まつり、市民囲碁大会、こども囲碁教室、囲碁のグッズ開発を行い囲碁のまちづくりを進めています。
さて、囲碁の最近の話題といえば何と言っても4月の井山裕太の七冠達成ですね。囲碁の七大タイトル戦(棋聖、名人、本因坊、王座、天元、碁聖、十段)が行われるようになった1976年以降で囲碁界史上初めてすべてのタイトルを同時に保持しました。まだ27歳と若く今後の活躍が期待されます。
七冠達成後初の本因坊戦第一局は、5月9日尾道市因島外浦町にある本因坊秀策囲碁記念館で始まりました。この記念館は幕末に活躍した本因坊秀策を記念して作られ、本館の正面山手にはお参りすると棋力が上達すると言われている秀策のお墓があります。また敷地内には現存する旧生家家相図を元に再現された秀策生家があり、秀策の子ども時代を偲ぶことができます。
本因坊秀策は1829年に因島に生まれ、囲碁における近代の布石の基礎を築き、今なお碁聖と仰がれる天才棋士です。母親に囲碁を学び、9歳で江戸に赴き本因坊丈和の弟子になり、12歳で因島に帰り15歳で名を秀策と改めました。これまでの多くの棋士の中で、碁聖と崇められるのは第四世本因坊道策と秀策の二人だけで、その偉大さがわかります。
このように因島は本因坊秀策と深い縁があり、囲碁の愛好者が多く、囲碁の町として知られています。“碁ランティア”といって因島囲碁協会のボランティアにより、島内宿泊者などとの囲碁交流会(出前対局)が行われており、最近ではこれを目的に島を訪れる人も多くなっています。(2016年5月 久智庵にて)
※ ご覧の時期によって価格等ご案内の情報が異なる場合がございます。最新の情報は各店舗にてご確認ください。







