この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時の品質・配送管理・奥村が、立春にまつわるエッセイを綴りました。
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先月のコラムで縁起物の松竹梅についてお話させて頂きましたが、今回はその中の梅にまつわる話です。
梅は桜と同じバラ科サクラ属の花で「花よし、香よし、果実よし」と言われ、三寒四温のこの時期、雪中でもしっかりと清らかに咲く姿は春の訪れが近い事を感じさせてくれます。
花言葉は「高潔」「忠実」「気品」「厳しい美しさ」「あでやかさ」。時には雪をまとい、寒い時期でも凛と咲く梅の姿がよく表われていますね。
紅梅白梅と、色の区別があるのは花弁だけでなく幹の断面(枝の髄)も紅白になっています。白梅と紅梅の木は別ですが、1本の木に赤と白の花をつける「思いのまま」と云う盆栽もあります。残念ながら見たことは無いのですが、黄色い花をつける「蝋梅(ろうばい)」という種類もあるそうです。
桜ほど取り上げられることも少なく、寒さの中、ややもすると見過ごされてしまうほど可憐な梅の花。意外だったのが、万葉集の頃から歌の世界では桜よりも梅の方がずっと多く詠まれている事です。
「人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける」古今集に収録されている作品で、紀貫之が初瀬の長谷寺に詣でた時の歌です。わが国最初の仮名文日記「土佐日記」の作者、紀貫之の詠んだこの歌は百人一首にも入っていますので一度は耳にされたことがあるのではないでしょうか。
「東風(こち)吹かば匂ひおこせよ梅の花 主なしとて春を忘るな」こちらも有名な歌ですね。菅原道真公が太宰府へ左遷される直前に詠んだとされる「飛梅伝説」の元になった歌です。また、歌だけで無く、絵にも梅は好んで描かれています。江戸時代に描かれた国宝「尾形光琳 紅白梅図屏風」がとくに有名ですね。
ところで「左近の桜、右近の橘」をご存じでしょうか。身近な所では、雛人形の両脇の花飾りです。京都御所紫宸殿前の桜と橘に倣っているのですが、実はこの「左近の桜」桓武天皇の平安京遷都当初は「左近の梅」でした。一説では村上天皇の時代(946-967年在位)に皇居が火災で焼失、梅も焼けてしまい、その後に桜を植えてから「左近の桜」となったと言われています。ちなみに旧嵯峨御所大覚寺の宸殿前は今でも「左近の梅、右近の橘」です。
いにしえの頃からずっと身近であった梅。松竹梅として祝い事に用いられ、日本伝統の漆器等に好んで描かれるのも、ただ花を愛でるだけではなく、その花の中に繊細で美しい日本の心を見い出していたのだと思います。その可憐な姿は人々の癒しであり、時に心の拠り所でもあったのではないでしょうか。
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