手作りのよさ

この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のEC運営スタッフ棟近が、グラス・新春にまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。

近年、デパートやホテルで予約をすることも珍しくなくなりましたが、我が家はやっぱり母親の手作りお節。もともと苦手だったお節料理も私好みの具材や味へと少しずつ変化をとげて、この歳になりようやくではありますが、ほとんどの種類を食べられるようになりました。手料理ならではのよさですね。

私の1年の初めはお節料理からのスタートです。

料理においても、モノづくりにおいても、「手作り」というのは特別良い響きがします。なぜか感覚的にも「手作り=良いもの」と思ってしまいますね。

その感覚的部分が何なのかを考えてみました。

真っ先にでてくる言葉は、みなさんも思い浮かんだかもしれませんが

手間ひまがかかっていること

人がモノを作るということは、機械のように一度に大量生産はできませんし、ひとつずつ作り上げていくしかないのです。

作る過程で、そのモノと「一対一で向き合う時間があること」

それに作り手の向こうにいる相手(食べ手・使い手)のことを考えて「工夫を凝らし、時間を惜しまず完成を目指して取り組んでいること」

などが手作りのよさであるのだと思います。

モノに宿る作り手の愛情がたっぷりと詰まっているからこそ、みえない何かを感じとり運命的な出会いをする場合があります。ル・ノーブルのお客様にも「買うつもりはなかったけれど、出会ってしまったから」と、一目惚れされる方がいらっしゃいます。

なかなか、稀なことだと思いますが、そのモノを作る工程や過程を知るということが、モノのよさを感じ取る近道になるのではないかなと思います。もう一つの近道は実際にモノ作りを体験するということ。

私もお節がおいしく食べられるようになった理由に料理の過程を知ったということ、お手伝いをして、料理ができるまでの手間ひまがかかること、母と私が一生懸命作ったことという体験が大きかったかもしれません。

実際にこんな体験ありませんか?旅先でお土産用にと何気なく見ていた手作りのガラスのコップ。そのお店の奥の吹きガラスの体験コーナーに参加してみたところ、頭で描いているのとは裏腹になかなか思うように膨らまず、ようやくできた形は安定もしない小さな小物入れ程度の大きさ。でもガラスを膨らませてここまで作れたという喜びも体感。その後で先ほどのお土産のグラスをもう一度見てみると先ほどはそれほどに感じなかったグラスの素晴らしさが感じられた。

一生懸命作ったものには愛着も湧きますし、少し歪だろうが関係ない。モノの良し悪しは見た目だけではなく、感覚でも味わいたいものですね。

そんな風に今年は手作りのよさを感じ私のお気に入りのものに囲まれた1年にしたいと思います。

たくさんのいいものが詰まったル・ノーブルの手作りセレクション。

今年の一日目にたっぷりと味わってみてください。運命的な出会いがあるかもしれません。

※ ご覧の時期によって価格等ご案内の情報が異なる場合がございます。最新の情報は各店舗にてご確認ください。

ABOUTこの記事をかいた人

「器の愉しさを、もっと身近に」という想いを胸に、代々のスタッフがバトンを繋いできた食卓のエッセイ集です。ある時は 古典文学に想いを馳せ、ある時はイースターの食卓を飾り付ける。京都発、器が大好きな私たちの、ちょっとマニアックで愛おしい「器と文化愛」が詰まったコラムたち。数十年にわたり、メールマガジンを通じて数万人の器ファンに届けられたコラムを復刻しています。