The story of a Mug

この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のバイヤー竹本が、マイセン・アラビア・マグにまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。

マグカップはおそらく食器の中で最も頻繁に使われるアイテムではないでしょうか?実際、他のどの食器よりも容量があるため、多くの人が仕事中のパソコンの横に常に置くなどして、自分のお気に入りのマグカップとの特別な関係を築いているようです。

実はマグカップというのは、和製英語で、英語では単にマグとだけ言い、蓋がないハンドル(取っ手)付きのカップをさします。

マグカップはいつ頃から今日私たちが知るようなカタチになったのでしょう?人々がカップを使う習慣は、18世紀頃ティーやコーヒー、チョコレートの輸入に伴いアジア、アフリカからヨーロッパに入ってきたと考えられています。

磁器は初め中国やインドからヨーロッパに輸入されましたが、伝統的な中国の磁器は取っ手がありませんでした。陶磁器のカップにハンドル(取っ手)をつけたのは18世紀初めのマイセンが最初だと言われており、その理由は、カップに入ったドリンク用のチョコレートが熱かったためというシンプルなものでした。

しかし、ガラスのカップでは、ハンドルがついたものがササン朝ペルシア(3~7世紀)の遺跡や、正倉院の宝物より見つかっているため、これらのデザインを参考にしたと考えられています。

ハンドル付きのカップは、初めのうちあまり普及しませんでした。その頃はまだカップとソーサーで飲み物を飲むのが主流であり、礼儀と考えられていました。人々はハンドルの無いカップに、ミルクなどを入れてスプーンで混ぜた後、深めのソーサーに飲み物を移して飲んでいたようです。飲まない時はソーサーでカップの上に蓋をして保温しました。

マグカップの普及には人々の嗜好の変化も影響しています。ミルクの分離機(ミルク(牛乳)をバターになるクリームとスキムミルク(脱脂粉乳)に分ける機械)や、オーブンの開発はコーヒーやティーを飲む習慣に少なからず影響を与えました。人々は簡単にケーキや、パンを焼いて食べるようになり、カップを使ってコーヒーやティーを飲む習慣も増えていきます。

18世紀の終わり頃には円筒形デザインのカップの人気により、持ちやすくするためハンドル付きのカップも多く作られるようになりました。

19世紀になると一般的なカップのサイズが大きくなり、装飾も大きなカップにより鮮やかなものが好まれるようになります。ほとんどのカップにハンドルがつくようになり、ソーサーから飲み物を飲む習慣は衰退していきます。

その後1920年頃の大量生産時代になり、カップはより一般家庭に浸透しました。一方、お茶会などのティーパーティーの習慣も根強く残り、カップとソーサーを使う伝統は残りました。しかしこの頃までには、すべてのカップにハンドルがつくようになり、ソーサーは浅いものになりました。

第2次世界大戦のあと、陶磁器の製造がブームになり、カップはよりシンプルな形で、メッセージやコンセプトを伝えるグラフィックデザインになります。

1952年、アラビアのデザイナーであったカイ・フランクは現在のティーマシリーズの元となるキルタシリーズを発表します。単色で円筒形のカップは、ソーサーと別々に使えるようになっており当時、とても斬新なアイデアとして注目されました。

1970年代には、マグカップは日常的に使うカジュアルなカップとして、ディナーコースの食器セットからは完全に外れたものになります。ソーサーはもはや普段の飲み物には必要なく、伝統的な方法でコーヒーやティーを淹れてサービスする時意外には使用しなくなりました。

※ ご覧の時期によって価格等ご案内の情報が異なる場合がございます。最新の情報は各店舗にてご確認ください。

ABOUTこの記事をかいた人

「器の愉しさを、もっと身近に」という想いを胸に、代々のスタッフがバトンを繋いできた食卓のエッセイ集です。ある時は 古典文学に想いを馳せ、ある時はイースターの食卓を飾り付ける。京都発、器が大好きな私たちの、ちょっとマニアックで愛おしい「器と文化愛」が詰まったコラムたち。数十年にわたり、メールマガジンを通じて数万人の器ファンに届けられたコラムを復刻しています。