自分の人生を一生懸命に生きる

この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のバックオフィス楠橋が、ティータイム・春にまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。

ティータイム通信コラムの私の担当も5回目になりました。この1年を振り返ると、やはり昨年3月の東日本大震災から早くも1年が経ち、光陰矢のごとしを感じます。

このことはどうしても、私に1995年1月の阪神・淡路大震災とその後の人生への向き合い方のようなものを振り返らせます。阪神・淡路大震災は私の今までの半生の中でいわゆるターニングポイントに位置づけられるのです。

広島県の瀬戸内の島で生まれ育ち、福山で3年間、神戸で6年間過ごしました。そして、就職した会社がたまたま京都にあり、神戸から通勤するのは大変だからという理由で京都に移り住み、8年経った時に阪神・淡路大震災がありました。

数ヶ月経ったある日、神戸の地を見ておかねばと思い、アパートのあった東灘区の深江本町と森北町(引越後の2軒目)に行き、両方とも全壊している光景を見て涙が出ました。と同時に、自分は生きている、生かされているとも思いました。神戸に住み続けていたら、恐らく命を落としていただろう。たまたま会社が京都にあったから、たまたま京都に移り住んだから命拾いできたと思いました。

その日京都に帰って思い出したのは、神戸時代に読んだ井上靖の「花壇」です。主人公江波はオリエント旅行中、タクシー事故に遭い同乗者と運転手は即死だったのに、自分だけが運よく生き残ります。なぜこうなったのか誰にもわからない、だから運命という言葉があり、すべてを運命というもので片付けてしまう、と亡くなった同乗者が江波に話しかけるのです。

その後江波は、自分は死んだという思いから人生の生き方を切替えるのです。8年という歳月は、ホモ・サピエンスの出現以降の約20万年を一日とすればほんの3.5秒間です。その一瞬のタイミングのズレで命を落とさずに済んだと考えると、その後の人生は付け足しなのです。私は自然に逆らわず運を天に任せ、しかし自分らしく、一生懸命に生きようと考えました。

折しも今年の大河ドラマでは、「世の中を面白く生きる」、「遊びをせんとや生まれけむ」という言葉がよく聞かれます。私のこれまで住んだ場所は瀬戸内から東進して京都に至っており、平氏の晩年とは方向が逆ですが、人生は一生懸命に、おもしろく、夢中になって生きようとすることは清盛と同じかもしれません。

最後に、せっかく京都に住んでいるのだからということで、京の手仕事を体験したのは、つづれ織り、京扇、組みひも、そして最近は白磁の器への絵付けです。つづれ織りについては、2008年11月のティータイム通信コラムでご紹介しました。

白磁の器への絵付けについては、ブログ「食器クイズ」で完成品を近日中にご披露できると思います。お楽しみに。

※ ご覧の時期によって価格等ご案内の情報が異なる場合がございます。最新の情報は各店舗にてご確認ください。

ABOUTこの記事をかいた人

「器の愉しさを、もっと身近に」という想いを胸に、代々のスタッフがバトンを繋いできた食卓のエッセイ集です。ある時は 古典文学に想いを馳せ、ある時はイースターの食卓を飾り付ける。京都発、器が大好きな私たちの、ちょっとマニアックで愛おしい「器と文化愛」が詰まったコラムたち。数十年にわたり、メールマガジンを通じて数万人の器ファンに届けられたコラムを復刻しています。