今回のコラム

この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のバイヤー米山が、和・ティータイム・歴史にまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。

町中の木々が紅く染まり始め、すっかり秋めいてきた今日この頃。秋は「食欲、読書、スポーツ、実り、文化」と様々な言葉が冠されます。美味しい物を食べたり作ることが大好きな私にとっては、秋は様々な食材を愉しむことができる季節です。

~ 陶磁器の魅力 ~

11月1日が紅茶の日、というのはあまりにも有名な話ですが、私たちの本社がある京都では、今日は「古典の日」なるものがあります。これは茶道・文学者など様々なジャンルで日本を代表する文化人を始めとする「古典の日 推進委員会」が発足したものです。

委員会の宣言いわく「古典とは、風土と歴史に根差しながら時と所を超えてひろく享受されるもの。人間の叡智の結晶であり、人間性洞察の力をその表現の美しさによって、私たちの想いを深くし、心を豊かにしてくれるもの(以下省略)(古典の日HP:http://www.kotennohi.jp/index.htmlより抜粋)」と書かれています。

これを読んで、日々自分が関わっている文化=陶磁器のことを考えてみました。陶磁器にも古い文化があり、それは世界の歴史と驚くほど密接に関係し、今日まで息づいてきました。

今回のティータイムは陶磁器の魅力について少し書かせていただければと思います。

食器は毎日使うものだから、何の気兼ねもなしに使いたい、と思われるのは当然のことですが、それでは古くから続く陶磁器の魅力はなんなのでしょう。

その魅力の一つが、文化とクラフトマンシップ、だと私は考えています。

たとえば陶磁器は、古い歴史と伝統を持つ老舗のメーカーや工房が多く現存しています。皇室御用達や美術館で展示されているのを見ると、彼ら自体が生きる歴史であり文化なのだな、と強く感じます。きっと私たちが魅了されているのは、作品の素晴らしさはもちろんですが、そのクラフトマンシップを受け継いだ職人たちが生み出すストーリーなのだと思います。

二つ目の魅力は「デザイン」。陶磁器には、絵画を思わせるようなデザイン、フォルム、そして当時の流行が反映されます。各国の独自の文化から生み出されるそれらを自宅で愉しむことができる、食器はいわば、「一番身近に楽しむことができる美術品」ではないでしょうか。

余談になりますが、好きな食器をそろえると食卓で自己表現ができます。テーブルの上に並ぶ食器によって、使っている方の好みやテイストはなんとなくわかります。食器は食卓上のアクセサリーのようなもので、いわば「私」を表現するツールとも言えるのではないでしょうか。

食器に限らず、ご自分が手に取って選ばれたモノは、自分だけの「いいモノ」です。使っていると購入のきっかけはなんだったのか、それを誰と使ったか、時間と共にそのモノ自体にも歴史や文化ができていきます。

そして、隠れたストーリーや職人の顔が見えるとより愛着も湧き、自分にとって非常に価値のある一品になります。これぞいいモノを使う醍醐味と言えます。

この機会にご自分が持っていらっしゃる暮らしの道具に秘められたストーリーを感じていただき、その向こう側にある歴史や文化、そしてそれを作る職人に想いを馳せていただけたら幸いです。

最後に、数多くある陶磁器メーカーの文化の中から、個人の独断と偏見に基づくえりすぐりをご紹介させていただきます。

最後までお読みくださりありがとうございました。

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ABOUTこの記事をかいた人

「器の愉しさを、もっと身近に」という想いを胸に、代々のスタッフがバトンを繋いできた食卓のエッセイ集です。ある時は 古典文学に想いを馳せ、ある時はイースターの食卓を飾り付ける。京都発、器が大好きな私たちの、ちょっとマニアックで愛おしい「器と文化愛」が詰まったコラムたち。数十年にわたり、メールマガジンを通じて数万人の器ファンに届けられたコラムを復刻しています。