祇園祭のお話

この記事はに配信されたメールマガジン「ティータイム通信」コラムの復刻版です。当時のEC運営スタッフ長田が、歴史・七夕にまつわるエッセイを綴りました。
※役職は配信当時のもので、現在は変更または退職している場合があります。

ほとんどの方が『祇園祭』は、宵々山、宵山と山鉾巡行の3日間のことと思っていると思います。私もそのうちの一人ですが・・・。しかし、実際は7月1日「吉符入」から7月31日「疫神社夏越祭」の1ヶ月『祇園祭』の神事・行事が行われているんですよ。今年の祇園祭の宵山・山鉾巡行は、残念ながら平日ですがたくさんの人出になるでしょう。

//祇園祭の由来//——————————————始まりは、貞観11年(869年)。天下に疫病が蔓延し、死者がたくさん出たために、人々は牛頭天王の祟りと思い、6月7日、国数に準じて六十六本の鉾をたてて祭事を営み、さらに14日には神輿をかついで二条城の南にある神泉苑に集まり、祈祷により疫病の祟りをはらおうとしました。これが、祇園御霊会=祇園会と呼ばれ、祇園祭の起源とされています。当初は、5~6メートルの鉾を人が担いでいたのですが、14世紀には、現在のような「山鉾」が登場。応仁の乱により一時は中断したのですが、町衆に支えられ現在のスタイルへ定着していったようです。

//鉾と山//————————————————–巡行する鉾の中で、最も大きいものは約12トンにもなるそうです。その鉾を組立て、曳出し、巡行、解体には延約180人の人出を要します。

『函谷鉾(かんこぼこ)』中国戦国時代、斉の孟嘗君が秦の国から逃げる時、函谷関の関所を鶏の声をまねて開けさせたという故事にちなんで付けられている。鉾頭の三角形は山、三日月は夜半をあらわし、真木には孟嘗君、その下に雌雄の鶏をそえています。

『放下鉾(ほうかぼこ)』鉾頭の飾りは、日・月・星の光が下界を照らす形をあらわしている。その形が洲浜に似ている所から「すはま鉾」とも呼ばれていました。鉾の名前は、真木の天王座に祀る「放下僧」の像からきています。

『岩戸山(いわとやま)』天の岩戸の神話を模したもので、内部には天照大神(あまてらすおおみかみ)と手力雄命(たぢからをのみこと)を、屋根の上には伊弉諾命(いざなぎのみこと)を安置。元来舁山であったものが、江戸時代中期以降曳山に改造された。そのため、真木はなく屋根に松を立てています。

『船鉾(ふなぼこ)』神功皇后をめぐる説話に基づき、船の形につくられた鉾。

『北観音山(きたかんのんやま)』俗に「上り観音」とよばれ、楊柳観音像と韋駄天立像を祀っている。屋根の上の松の木は、元来舁山であったものが曳山に改められた名残です。その松の木の左二の枝に尾長鶏を止まらせているのが特徴です。

『橋弁慶山(はしべんけいやま)』謡曲「橋弁慶」からとった、五条大橋で牛若丸と弁慶が争う姿です。牛若丸は、足駄の金具一本で支えられています。

『南観音山(みなみかんのんやま)』俗称「下り観音」。楊柳観音と善財童子を安置。天明のどんどん焼きで、楊柳観音の頭部だけを残して全焼。後に復興されました。現在は、巡行の最後尾を受持っています。

ここにご紹介した山鉾は、32基のうちのほんの一部です。

//祇園囃子//——————————————–鉾の上で囃される祇園囃子=コンチキチン。祇園祭には、なくてはならないもので、7月に入ると稽古する祇園囃子が街中に響きます。この祇園囃子は、室町時代末期に能楽の影響を受けて作られ、江戸時代に現在のような優雅な囃子になったと言われています。祇園囃子に用いる楽器は、鉦(かね)・太鼓・笛に限られ、曲目は30曲近くあるそうです。鉾により一部共通のものもありますが、各鉾独特の囃子がほとんどだそうです。

//ちまき//———————————————-祇園祭といえば「ちまき」。この「ちまき」は、食べるものではなく疫病や災難から身を守るために玄関先に飾るもの。翌年の祇園祭に新しい「ちまき」と取り替えます。

//護符//————————————————護符(ごふ)とは、山鉾の人形にまつわるお守り札で、7月14日から3日間、町内に建った山のまわりで売り出されます。・船鉾/占出山・・・安産のお守り・鈴鹿山・・・雷除け、安産のちまき・山伏山/霰天神山・・・火除け、雷除けのお守り・孟宗山・・・親孝行のお守り・郭巨山・・・母乳の出を守るお守り・八幡山・・・夜鳴き封じの鳩笛と鳩鈴・太子山・・・知恵のお守り・油天神山・・・進学成就のお守り・白楽天山・・・学業成就のお守り・保昌山・・・縁結びのお守り・役行者山・・・疫病除けのお守り・浄妙山・・・勝ち守り・鯉山・・・立身出世のお守り・黒主山・・・魔除けのちまき

//山鉾巡行(7月17日)//———————————長刀鉾を先頭に、午前9時から四条烏丸を基点として32基の山鉾が四条通り~河原町通り~御池通り~新町通りへと巡行します。

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「器の愉しさを、もっと身近に」という想いを胸に、代々のスタッフがバトンを繋いできた食卓のエッセイ集です。ある時は 古典文学に想いを馳せ、ある時はイースターの食卓を飾り付ける。京都発、器が大好きな私たちの、ちょっとマニアックで愛おしい「器と文化愛」が詰まったコラムたち。数十年にわたり、メールマガジンを通じて数万人の器ファンに届けられたコラムを復刻しています。