No. 01
ワイン 220ml ペア
ボヘミア / PK500 ハンドカット / 口径9×高さ18.4cm
BOHEMIA CRISTAL · PK500 · 750 Years of Bohemian Glass
約750年に及ぶ中央ヨーロッパ・ボヘミア地方のガラス工芸。
ドイツ語系職人たちが切り開いた森林ガラス工房から、ハプスブルク宮廷の後ろ盾を得たエングレーヴィング技術、そして1683年頃に完成したカリ石灰クリスタル──。約750年の系譜が、PK500の一脚に宿っています。
Prologue · 800s ― 1500s
── スラブ族のステンドグラスから森のヴァルトグラスへ ──
1250年頃、ドイツ語系の移民たちがボヘミア地方の森林地帯で木灰を活かしたヴァルトグラスの製造を始め、現在のチェコ西部に中央ヨーロッパ最初期のガラス産業が芽吹きました。ボヘミア地方は現在のチェコ西部から中部にあたる歴史的地名です。周囲を山々に囲まれ、国土の大部分を森林が覆うこの土地で、5~6世紀頃から定住したスラブ族が9世紀初頭に最初の国家「モラヴィア帝国」を建設しました。100年ほどで滅亡したこの中世国家は、文化的に高い水準に達しており、ガラスのビーズや指輪、そして町や城郭のゴシック聖堂の高窓に嵌め込まれた色ガラスによるステンドグラスが作られていました。ボヘミアのガラス史は、この時期にすでに息づいていたのです。
14世紀後半、ボヘミアは神聖ローマ帝国皇帝ルクセンブルグ家・カール4世(ボヘミア王)の統治下にありました。先見の明に長けた政治家でもあったカール4世はプラハを帝国の首都に定め、治世中に壮麗な建築物がいくつも建設されます。この時代から中空のガラス器の製造も本格的に始まり、当時モラヴィアを含む帝国の領地にはおよそ20のガラス工場があったと推定されています。
1250年頃には、ドイツ語系の移民たちがボヘミアガラス産業(Bohemia Cristal)の発祥地となるボヘミア地方の森林地帯に入植しました。彼らが用いたのは、薪を燃やした後に残る木灰(カリ)を珪砂と混ぜて溶かす手法です。この技法で生まれたのがヴァルトグラス(Waldglas)──森の資源を活かした、わずかに緑がかった素朴なガラスでした。中央ヨーロッパのガラス産業は、この森から大きく広がっていきます。
Timeline
9世紀 ― 現代
9世紀初頭
スラブ族が建設したモラヴィア帝国で、ガラスのビーズ・指輪・窓ガラス、そしてゴシック聖堂のステンドグラスが作られました。ボヘミア地方におけるガラス史の最初期にあたります。
1250年頃
ドイツ語系移民が中央ヨーロッパ・ボヘミア地方に定着し、森林地帯の木灰(カリ)を活かしたヴァルトグラス(森林ガラス)の製造が始まります。
14世紀後半
神聖ローマ帝国皇帝カール4世のもとでプラハが帝国の首都となり、中空のガラス器の製造が本格化。帝国の領地内に約20のガラス工場が存在しました。
1500年代
フェルディナント1世によりハプスブルク家の支配下に入り、約400年に亘る統治が始まります。ヴェネツィア様式のガラス製造をザクセン人ガラス工が領主の森林にもたらし、ボヘミアガラスが発展しました。
1609年
ボヘミアでカスパール・レーマン(Caspar Lehmann)がガラスエングレーヴィング技法を確立し、皇帝ルドルフ2世からその技法に関する特権を授与されます。宝石彫刻の技法をガラスに応用した試みが、後のボヘミアクリスタルの装飾の礎となりました。
1683年頃
酸化鉛を含まないカリ石灰クリスタル(Kali Crystal)がミヒャエル・ミュラーによって完成されます。無色透明と硬度の高さを兼ね備え、精密なカット加工が可能になりました。
1700年代
カット技術の高さを背景に、ボヘミアングラスはヨーロッパ各国の王侯貴族から広く求められるようになり、輸出産業として確立。18世紀前半にはエングレーヴィングの担い手が北ボヘミア・ヤブロネツ地方に集中します。
19世紀以降
18から19世紀の戦争で経済的打撃を受けた後、イギリスの鉛クリスタルとダイヤモンドカットが流行。ボヘミアの製造業者たちは新しい装飾様式を取り入れ、カッティングがボヘミアガラス装飾の主流となりました。
約100年前 ~ 現代
500番目に作られたカットパターンとしてデザインされたPK500。PK600以降の新しいデザインも考案されましたが、バランスと輝きの美しさから「これを超えるデザインは未だ無い」と言われ、現代の食卓に届いています。
The Core Story · 1500s ― 1600s
── ヴェネツィア様式の流入と、独自の透明への到達 ──
16世紀にヴェネツィア様式のガラス工芸がボヘミアに流入し、1605年から1609年にかけてカスパール・レーマンがエングレーヴィング技法を確立、1683年頃にはミヒャエル・ミュラーがカリ石灰クリスタルを完成させました。16世紀前半、ハプスブルク家のフェルディナント1世によりボヘミア地方はオーストリアのカトリック王朝の支配下に入り、ハプスブルク家による統治はその後約400年に亘り続くこととなります。イタリア・ルネサンス様式がヨーロッパ中に普及したのもその頃のことで、当時ボヘミアにはイタリアの職人が大勢おり、ヴェネツィアで発達したガラス製造の新しい様式と技法は、オーストリアやチロルといった隣国からも齎されました。中でも熟練した腕をもつガラス工一族が多くいたザクセン王国の働きが大きかったと言われています。ザクセン人は領主の森林にガラス工場を建て、貴族の要望によりヴェネツィア様式のガラスを作るようになりました。
皇帝ルドルフ2世の時代は、ボヘミアガラスにとってまさに飛躍の時代でした。ルネサンス期からバロック期にかけて宮殿に招へいされ工房を構えた宮廷職人たちが、溶解技法の改良、宙吹きの高度なテクニック、エナメル彩、絵付け、象眼、カット、エングレーヴィング(ガラスに小さな銅版の刃をあてて描くチェコの伝統技術で、カット技法では出せない繊細で陰影に富んだ表現が可能)といった技術と独自の装飾を磨き上げます。1605年から1609年にかけて、ボヘミアではカスパール・レーマン(Caspar Lehmann)がガラスエングレーヴィング技法を確立し、皇帝ルドルフ2世からその技法に関する特権を授与されました。宝石彫刻の技法をガラスに応用したレーマンの試みは、後のボヘミアクリスタルの装飾の礎となります。
そして17世紀後期、ボヘミアのガラス工房ではひとつの大きな転換が起きます。それまでヨーロッパで珍重されていたのは、ヴェネツィアのクリスタッロ(無色透明ガラス)と、イギリスで開発された酸化鉛入りの鉛クリスタルでした。ボヘミアの職人たちは別の道を選びます。木灰由来のカリ(K2O)と石灰(CaO)を主成分とする「カリ石灰ガラス」を磨き上げ、1683年頃にはミヒャエル・ミュラーによってカリ石灰クリスタルが完成されました。鉛クリスタルに比べてやや軽く、しかし硬度が高くカット加工に適したこのクリスタルは、透明度も従来のヴァルトグラスをはるかに凌ぎます。硬度の高さは、ボヘミアがすでに磨き上げていたエングレーヴィング技術と相性が良く、繊細で精密なカット模様を彫り込むことを可能にしました。
17世紀後半にはボヘミアのガラス製品はその質の高さで知られるようになり、18世紀前半になるとエングレーヴィング技術を持つ者たちは北ボヘミアやヤブロネツ地方に集中、エングレーヴィング装飾の質が一段と高まります。さまざまな工場と接触のあるガラス商人たちも集まり、ガラス装飾家に未加工のガラスを供給。彼らはガラス装飾品の販売網にも整備を行い、ボヘミアにおいてガラス製品の貿易は隆盛を極めました。
しかし、18から19世紀の変わり目に戦争で経済的に大打撃を受け、ボヘミアガラスは一時衰退してしまいます。戦後は様式が一変し、ダイヤモンド・カットによるイギリスの鉛クリスタルがもてはやされるようになりました。ボヘミアのガラス製造業者たちはすぐに新しい装飾様式を取り入れ発展させ、種々さまざまなカット・モチーフを開発。19世紀以降はカッティングがボヘミアガラス装飾の主流となります。
カリ石灰クリスタルの完成は、単なる製法の改良ではなかったとも読めます。透明度の向上がエングレーヴィングとカッティングの精緻さを引き出し、「光の彫刻」としてのボヘミアガラスという新しい美学を生んだのではないでしょうか。
About PK500 · Lace Cut Design
── 500番目のカットパターン、その完成形 ──
PK500の「PK」はチェコ語で「ピカ」と読み、「デコレーション」を意味します。グラスカットのデザインが作られた順にPK1、PK2と番号がふられ、PK500は500番目に出来たカットパターンです(数字は歴史年数ではなくカットパターンの通し番号です)。
このPK500は約100年前にデザインされ、その後もPK600など新しいデザインが考え出されましたが、デザインのバランス、輝きの美しさなどから、PK500を超えるデザインは未だ無いと言われています。PK500はグラスのレースカットの完成形、云わば「究極のデザイン」とも言えるものなのです。
職人がカット砥石にガラスを当てながら手で動かして削り出す多面体は、テーブルに置かれた時に光を多方向に屈折させ、卓上に小さな虹を散らします。17世紀に磨き上げられたカリ石灰クリスタルの透明度と硬度があってこそ、レースのように繊細なPK500のカット模様が成立しています。
「500」という数字は、ボヘミアの職人たちが積み重ねてきたカットデザインの試行回数そのものです。499までの過程があって、ようやくPK500というバランスにたどり着いたのだと考えると、一脚のグラスがずいぶん違って見えてきそうです。
Chapter 01 · Glassware
ワイングラス・タンブラー・デキャンタ。手切子が生む光の多面体。
17世紀に確立したカリ石灰クリスタルの手仕上げカット技術は、現代のPK500グラスウェアにもそのまま受け継がれています。職人がカット砥石にガラスを当てながら手で動かして削り出す多面体は、テーブルに置かれた時に光を多方向に屈折させ、卓上に小さな虹を散らします。
No. 01
ボヘミア / PK500 ハンドカット / 口径9×高さ18.4cm
No. 02
ボヘミア / PK500 ハンドカット / 口径6.5×高さ12.2cm
No. 03
ボヘミア / PK500 ハンドカット / 口径8.5×高さ17.5cm
No. 04
ボヘミア / PK500 / 高さ30cm / 900ml
ワイン220mlと170mlという2サイズのワイングラス展開は、テーブルワインとデザートワインを使い分ける欧州の食卓文化が反映されているとも読めます。家庭でその使い分けを取り入れてみる楽しみがありそうです。
Chapter 02 · Tableware
ボウル、脚付きボウル、ふた付きボックス。グラス以外のPK500の世界。
PK500はグラスウェアだけにとどまりません。サラダや果物を盛り付けるボウル、デザートを引き立てる脚付きボウル、ジュエリーや小物を収めるふた付きラウンドボックス。カット模様が光をとらえる器は、食卓とインテリアの境目を柔らかくつないでくれます。
No. 05
ボヘミア / PK500 ハンドカット / 直径12×高さ5cm
No. 06
ボヘミア / PK500 ハンドカット / 直径13×高さ7cm
No. 07
ボヘミア / PK500 ハンドカット / 直径11.5×高さ11.5cm
ふた付きラウンドボックスは、ガラスの機能をインテリア領域へ拡張する提案だとも受け取れます。カット面が部屋の光をとらえて反射する姿は、ボヘミアガラスの価値を改めて気づかせてくれます。
Chapter 03 · Flower Vase
花を活けた時、内部で光が屈折しステンドグラスのように輝きます。
透明度の高いカリ石灰クリスタルは、光との対話が際立ちます。生花を活けると花の色が水中で屈折し、グラスの壁を通して優しく広がります。H25.5cmの大型ベースは、ダイニングのテーブルセンターや玄関の主役として、空間に静かな存在感を与えてくれます。
大型のフラワーベースは、花を通して光を屈折させる「水中スクリーン」としての側面もあると編集部では見ています。カリ石灰クリスタルの透明度があってこそ実現する、ガラスと光の対話です。
「ボヘミアガラス」はチェコ(旧ボヘミア地方)産ガラスの総称です。「ボヘミアクリスタル」はその中でも酸化鉛を含まないカリ石灰ガラス(カリ石灰クリスタル)を指し、透明度が高く硬度に優れカット加工に適します。1683年頃にミヒャエル・ミュラーによって完成されたこの技術が、現代のPK500シリーズに継承されています。
クリスタルガラスは急激な温度変化に弱いため、食洗機のご使用はおすすめしません。ぬるま湯と中性洗剤を使い、やわらかいスポンジで手洗いしていただくと長くお使いいただけます。カット部分は乾いたやわらかい布でやさしく拭き取ってください。
機械ではなく、職人がカット砥石に当てながら手でガラスを動かしてカット面を形成する伝統的な技法です。機械カットと比べてカット面のエッジに個体差が生まれ、光の屈折に深みが加わります。ボヘミア地方では17世紀のエングレーヴィング技術以来、職人の手仕事が重んじられてきました。
「PK」はチェコ語で「ピカ」と読み、「デコレーション」を意味します。グラスカットのデザインが作られた順にPK1、PK2と番号がふられ、500は500番目に作られたカットパターン、という意味を持ちます(歴史年数ではありません)。約100年前にデザインされた本パターンは、レースのように繊細なカット模様の完成形として知られています。
ル・ノーブルではラッピングと熨斗のご用意が可能です。日常的に使うグラスや花瓶として長く手元に置けるものは、大切な方への贈り物として選ばれています。PK500はシンプルなカット模様のため、場面を選ばず使い続けやすい点が特長です。詳しくはギフトサービスのご案内をご覧ください。
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