この強烈な欲求に駆られた人物が、ヨーロッパの東のはずれ、ロシアにもいました。ロマノフ朝の中興の祖であり、初代ロシア皇帝であるピョートル大帝です。とても開明的で、進取の精神に富んだ皇帝であったピョートルはその生涯にわたり、西欧から高度な科学技術や芸術文化や学問をロシアに移入することに力を入れました。
そうしたヨーロッパの先進の技術の一角に、磁器の製造もあったのです。おそらくピョートルにとって、磁器焼成に成功したのがアウグスト1世であったことも、強い刺激になったはずです。というのも、17世紀末に北方の強国スウェーデンに対抗して、ピョートルは当時ポーランド王であったアウグストと同盟を結んだほか、ザクセンの都であるドレスデンを訪れるなど、密な交流があったからです。
ピョートルは1718年から本格的に磁器づくりに乗り出します。外国から何人もの専門家をロシアに招いて研究に当たらせたのです。しかし結局、彼の存命中に芳しい成果を上げることはできませんでした。
こうしてマイセンから受け継がれた高度な磁器技術はロシア宮廷に根づき、後のインペリアル・ポーセリン(Imperial Porcelain)──ロシア皇室御用達の名窯──を生み出す礎となったのです。