Chapter 01 · Ancient Rome ― Origin
紀元前のガラス ─ モザイク技術の誕生と中断
── 地中海圏から始まる、モザイクガラスの系譜 ──
モザイクガラスの起源は、紀元前のエジプトおよび地中海沿岸の工房に求められます。色付きガラス棒(ムリーネ / Murrine)を束ね、引き伸ばしてから輪切りにすると、断面に花や星のような模様が現れます。これを「花片」と呼び、型の上に並べて再び加熱して融合させることで、一枚の器の表面に多色の文様を浮かび上がらせる技法が成立しました。当初は宝飾品や香油瓶など小さな容器の装飾に用いられ、地中海交易の動脈に乗って各地に広がっていきます。ローマ帝国の時代には、帝国各地の工房がモザイクガラスの製造を担い、貴族の食卓を彩る器や建築装飾へと用途が拡張されました。紀元1世紀のポンペイをはじめとするローマ時代の遺跡からは、モザイクガラスの破片や容器の断片が出土しており、当時の工芸水準の高さを物語っています。
しかし、ローマ帝国が崩壊した中世に入ると、ガラス製造の中心地はシリアやビザンティウムなど東方へと移動し、ヨーロッパにおけるモザイクガラスの技法は、ほぼ途絶えた状態となります。ヴェネツィアでガラス工房がムラーノ島に集約された13世紀末(1291年の火災防止令)以降も、装飾的な吹きガラスや鏡の製造は発展した一方で、古代モザイクガラスのような「花片を組み合わせて模様をつくる」精緻な技法は、ムラーノ島の職人たちの手仕事のなかで少しずつ受け継がれ、磨かれていくことになります。
ローマ時代のモザイクガラスは、皇帝の宮廷食器や宗教儀礼の道具として高い価値を持ちました。出土した断片を観察すると、極小の花片を緻密に並べたものから、大きな色面を組み合わせた抽象的構成のものまで、表現の幅が広いことが分かります。色ガラスを得るための金属酸化物(銅・コバルト・鉄・マンガン)の調合技術もこの時代に蓄積されており、後にムラーノ島で再構築されるガラス工芸の基礎は、ローマ帝国の工房ですでに準備されていたといえます。出土品の断片を通じて時代を越え、ローマ帝国の遺産はムラーノ島の工房へと静かに受け継がれていきました。

メンバーシップ













