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マリメッコの歴史と発祥 ― フィンランドを彩ったデザイナーたちの物語

マリメッコ ウニッコ柄のマグカップ
ブランドヒストリー

マリメッコの歴史と発祥 ― フィンランドを彩ったデザイナーたち ―

1951年、フィンランド・ヘルシンキで生まれたマリメッコ(marimekko)。大胆な柄と鮮やかな色彩で世界を魅了してきたデザインブランドの、発祥から現在までの歩みを、創業者アルミ・ラティアやマイヤ・イソラ、石本藤雄といったデザイナーたちの物語とともにたどります。

― Brand History · ル・ノーブル編集部

マリメッコの発祥は、フィンランド・ヘルシンキ

― どこで、どのように生まれたのか ―

マリメッコの発祥

marimekko

マリメッコ(marimekko)の発祥は、1951年のフィンランド・ヘルシンキです。第2次世界大戦後の復興期、アルミ・ラティアが夫ヴィリヨとともに興したテキスタイル会社が、その始まりでした。重苦しい色合いが主流だと言われた時代に、鮮やかで明るいデザインを掲げたこのブランドは、大きな柄と大胆な色彩で世界を驚かせていきます。この特集では、その発祥の物語から、ブランドを支えたデザイナーたちまでを紐解きます。

マリメッコ ウニッコ柄マグカップ4色
1951

マリメッコの始まり

マリメッコの始まりは、第2次世界大戦が終わった直後の1951年です。前身となるプリントファブリックの会社プリンテックス社を買収したヴィリヨ・ラティアが、妻のアルミ・ラティアとともにテキスタイル会社を興したことに始まります。当時は戦後の復興期で、テキスタイルデザインといえば重厚で重苦しい色合いのものが大半でしたが、アルミは鮮やかで明るいデザインが必要だと考えていました。基幹デザイナーのマイヤ・イソラをはじめとする数名の手により、大きな柄と明るい色彩で一躍脚光を浴びることになりました。

マリメッコ ウニッコ柄マグカップ4色
1960

ファーストレディーに愛されるデザイン

マリメッコは発足当初から大胆な戦略でブランドの認知を進めました。明るくはっきりとした柄のテキスタイルはもちろん、高級ホテルでのファッションショーなど、当時は奇抜と思われたアイディアを次々に実現させます。1960年ごろからは海外輸出にも力を入れ始め、高い評価を受けました。この当時、アメリカ大統領ケネディの妻ジャクリーン・オナシスがマリメッコのドレスを愛用したという話題性もあり、アメリカのファーストレディーを広告塔に海外での需要も高まっていきました。

マリメッコの器を並べた食卓シーン
Today

マリメッコの存在意義

現在、マリメッコは40以上の国々で発売されており、一大企業となった今でも創業者アルミ・ラティアの経営哲学が引き継がれています。「マリメッコはデザインハウスであって、デザインのためにすべてを最優先にすべき」。つまり「デザインされた実用品」を作ることがマリメッコの存在意義です。この哲学のもと、マリメッコはフィンランドを代表する大企業に成長しました。フィンランドの世界的テキスタイルブランド、マリメッコの歩みは、これからも続いていきます。

マリメッコを彩ったデザイナーたち

― 創業者と、ブランドを支えた5人の物語 ―

創業者 アルミ・ラティア

アルミ・ラティアは、1951年にマリメッコを興したフィンランドの創業者です。夫ヴィリヨとともにテキスタイル会社を立ち上げ、「マリメッコはデザインハウスであって、デザインのためにすべてを最優先にすべき」という哲学を掲げました。「デザインされた実用品」を作るというその理念は、いまもブランドの核として受け継がれています。

マイヤ・イソラ

マイヤ・イソラは、マリメッコを象徴するテキスタイルを数多く生んだフィンランドのデザイナーです。創業から30年以上も基幹デザイナーとして活躍し続けました。1964年に発表された代表作ウニッコは、50年以上経った今でも愛され続ける永遠の定番となっています。マイヤ・イソラの手がけたウニッコ柄の一覧もご覧いただけます。

マイヤ・ロウエカリ

マイヤ・ロウエカリは、現在のマリメッコを代表するスターデザイナーです。2003年、まだ学生だったマイヤはマリメッコが主催するデザインコンペでグランプリを受賞し、そのキャリアをスタートさせました。マイヤ・ロウエカリのデザインは細い線で風景や花を書き込んでいくものが多く、イラストレーターに近いのかもしれません。ポップなデザインが、使う人を元気で楽しい気分にさせてくれます。

アンニカ・リマラ

アンニカ・リマラは、マリメッコのボーダー柄タサライタを生んだデザイナーです。子供服を扱う店舗で働いていましたが、創業メンバーのデザイナーが抜けたあと、その後任として起用されました。1968年、ジーンズに似合うシャツとしてアンニカ・リマラがデザインしたのがタサライタです。このポップなボーダー柄は一大ブームを巻き起こし、靴下、下着、パジャマなど次々にタサライタシリーズが生み出されました。

日本人デザイナー 石本藤雄

石本藤雄は、1974年から2006年までマリメッコで活躍した日本人デザイナーです。最初にマリメッコを意識したのは実物ではなく雑誌からで、ページの片隅に掲載されたマリメッコの大胆な色彩が石本藤雄の脳裏に焼き付いて離れませんでした。1970年まで東京で広告デザイナーを務めていた石本藤雄は、同年世界一周の旅に出て、旅の途中でマリメッコのことを思い出し、フィンランドで途中下車します。そのままフィンランドに住み続け、1974年に焦がれ続けたマリメッコにようやくデザイナーとして迎えられました。抽象的で淡い色使いの作風が特徴です。2011年にはフィンランドの芸術家に贈られる最高位の勲章「プロ・フィンランディア・メダル」を受賞しています。現在は同じくフィンランドの老舗陶器メーカー「アラビア(ARABIA)」のアート部門に所属しながら、陶芸家として数多くの作品を生み出しています。

よくあるご質問

― マリメッコについて、よくある疑問 ―

マリメッコの発祥はどこの国ですか?

フィンランドです。1951年、首都ヘルシンキで、アルミ・ラティアが夫ヴィリヨとともに興したテキスタイル会社が始まりです。発祥の物語からたどるアイテムはマリメッコ一覧でご覧いただけます。

マリメッコの創業者は誰ですか?

アルミ・ラティアです。1951年、夫ヴィリヨ・ラティアがプリンテックス社を買収し、アルミとともにマリメッコを興しました。「デザインハウス」という哲学は現在も受け継がれています。アイテムはマリメッコ一覧からご覧いただけます。

マリメッコの歴史はどのように始まりましたか?

1951年、戦後復興期のフィンランドで、アルミ・ラティアが夫ヴィリヨとともに興したテキスタイル会社が始まりです。重苦しい色合いが主流だった時代に、鮮やかで明るいデザインを掲げ、大胆な柄で世界へと広がっていきました。歩みを受け継ぐアイテムはマリメッコ一覧でご覧いただけます。

マリメッコの代表的なデザイナーは誰ですか?

マイヤ・イソラ、アンニカ・リマラ、マイヤ・ロウエカリ、そして日本人デザイナーの石本藤雄などが知られています。マイヤ・イソラの手がけた柄はこちらの一覧からご覧いただけます。

マリメッコはどんなブランドですか?

フィンランドを代表するデザインブランドです。「デザインされた実用品」という哲学のもと、大胆な柄と鮮やかな色彩のテキスタイルで世界中に知られています。アイテムはマリメッコ一覧からご覧いただけます。

マリメッコを彩る、色とりどりのテキスタイル

― 大胆な柄と鮮やかな色彩 ―

マリメッコの代表的なテキスタイル柄(ウニッコ・タサライタ・シイルトラプータルハほか)

マリメッコを彩る、色とりどりのテキスタイル

マリメッコは、大胆な柄と鮮やかな色彩のテキスタイルで知られています。ウニッコやタサライタ、シイルトラプータルハをはじめ、いくつもの柄が暮らしを明るく彩ります。ひとつひとつの柄に込められたデザインの物語が、日々の食卓や住まいに、フィンランドの色と光を届けてくれます。

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