ラリック ─ ジュエリーからガラスへ、転向という選択
An Editorial · Lalique × Jewellery to Glass
ラリック ジュエリーからガラスへ、転向という選択
1860年生まれの宝飾作家が、ガラス工芸へ踏み出した理由
パリで宝飾細工師として名声を築いたルネ・ラリック(René Lalique)は、1907年(47歳)に香水会社コティ(Coty)との協業を始めたことを契機に、40代後半から50代にかけてガラス工芸へと活動の軸足を移していきました。七宝(エナメル)技法で培った色彩感覚と、鋳型成形によるガラスの量産可能性を結びつけた転向の選択が、現代ラリック社のクリスタル工芸へと続く物語の起点です。代表作バッカンテス(BACCHANTES)に見られる女性像浮彫は、その美意識を象徴しています。
Prologue
16歳の弟子入りから、ガラスへの転向まで
── 宝飾細工師 ルネ・ラリック、その出発点 ──
ルネ・ラリック(René Lalique・1860-1945)は、フランス・パリ近郊シャポン通りに商人の家庭の子として生まれました。16歳で宝飾細工師に弟子入りし、彫金・七宝(エナメル)技法を体系的に身につけていきます。1890年代には独立したジュエリー作家として頭角を現し、自然主義的なモチーフと七宝の透明感を組み合わせた装身具で高い評価を受けました。アール・ヌーヴォー期のパリにおいて、宝石の希少性ではなく素材の表現力で勝負する作家として知られるようになります。
この宝飾家としての地歩は、後年の転向にも深く影響しています。ジュエリー時代のラリックが七宝の半透明・色彩・装飾文様で培った造形言語は、その後ガラスという素材へと持ち越されることになりました。1900年代に入る頃から、ラリックの関心は装身具の枠を超え、より大きな空間装飾へと広がりを見せていきます。
Timeline
1860年から現代へ ─ 転向の軌跡
1860 ― 現代
1860
ルネ・ラリック生誕
パリ近郊シャポン通りに生まれます。商人の家庭に育ち、幼少期から装飾芸術に親しんで育ちました。
1876頃
宝飾細工師に弟子入り(16歳)
パリの宝飾細工師のもとで修業を開始します。彫金・七宝(エナメル)技法を体系的に習得しました。
1890年代
ジュエリー作家として名声を確立
独立したジュエリー作家として活動し、七宝・エナメル技法を駆使した自然モチーフの装身具で高い評価を得ます。アール・ヌーヴォー運動とも親和的でした。
1907
香水会社コティとの協業開始(47歳)
フランスの香水会社コティから香水瓶のデザイン依頼を受けます。鋳型成形によるガラス量産の可能性に着目し、これを契機に40代後半から50代にかけてガラス工芸へと活動の軸足を移していきました。
1920年代
ガラス工房を本格稼働
アール・デコ期に入り、ガラス工房を本格的に稼働させます。動物・植物・女性モチーフのガラス工芸品を制作し、量産と装飾性の両立を試みました。
1940年頃
80歳・リウマチでデッサンが難しくなるまで創作を継続
80歳の頃にリウマチが悪化しデッサンが難しくなるまで、創作活動を続けたと伝えられています。
1945
ルネ・ラリック没(84歳)
84歳で没します。息子マルク・ラリックが工房と会社を継承し、現代ラリックへと続く礎を築きました。
現代
ラリック社として継続
100ポイントシリーズ・プルミエ・クリュなど、現代の食卓に寄り添うクリスタルグラスとして展開されています。
The Core Story
なぜガラスへ向かったのか ─ コティ協業と量産の選択
── ジュエリーからガラスへ、転向の動機 ──
ルネ・ラリックの転向に直接の契機を与えたのは、1907年(47歳)に始まったフランスの香水会社コティとの協業だと伝えられています。コティから香水瓶のデザインを依頼されたラリックは、鋳型成形(プレス・モールド成形)によるガラス量産の可能性に着目しました。一点物の宝飾品とは対照的に、ガラスは型を介して同一形状を繰り返し作り出せる素材です。ラリックはここに、ジュエリー時代に培った装飾感覚を「日常の手に届く形」で展開する道筋を見出していきます。
この方向性は一夜にして完成したものではなく、コティ協業を起点として40代後半から50代にかけて段階的に進められました。七宝(エナメル)で扱ってきた半透明・色彩・浮彫の文法はガラスへと引き継がれ、女性像・植物・動物といったモチーフが、香水瓶からテーブルウェア、装飾オブジェへと広がっていきます。80歳頃にリウマチでデッサンが難しくなるまで創作を続けたと伝えられ、息子マルク・ラリックが事業を継承して現代のラリック社へと続いていきました。本ページでご紹介する100ポイント・プルミエ・クリュ・シャトンの各シリーズは、その流れの上にある現代ラリックのクリスタルです。
Series 01 · 100 Points
ワイン評論家が着想した、光の指標
国際的ワイン評論家ジェームズ・サックリングの100点満点評価に着想した名を冠したシリーズ
100ポイント(100 Points)シリーズは、国際的なワイン評論家ジェームズ・サックリングの100点満点評価から着想した名前を冠したラリックのワイングラスシリーズです。脚部や見込みに施されたラリック独自のカット加工が、ワインや泡の動きと光の反射を引き立てる設計になっています。シャンパンクープは横に広がる伝統的なフォルムで泡立ちと香りを楽しむ用途、ボルドーグラスは芳醇な赤ワインを受け止める大ぶりなボウル形状で、それぞれの用途に合わせた2型をご用意しています。
Series 02 · Premier Cru
「特級畑」を名に冠したペアグラス
プルミエ・クリュとはフランス語で「特級畑」を意味するワイン用語
プルミエ・クリュ(Premier Cru)とは、フランス語で「特級畑」を意味するワイン用語です。ワイン産地における優れた畑の格付けを示すこの言葉を名に冠したラリックのペアワイングラスは、二客一組で展開しているシリーズです。同じ形状のグラスでテーブルを囲む静かな喜びを思い起こさせる設計で、結婚祝い・記念日・新生活など、大切な方への贈り物としても選ばれています。
Series 03 · Chaton
転向後のガラスが生んだ動物彫刻
「シャトン」はフランス語で子猫の意。ラリックが得意とした動物モチーフのクリスタル彫刻
シャトン(Chaton)はフランス語で子猫を意味します。ルネ・ラリックがガラスへ軸足を移した後の創作には、動物・植物・女性像といった具象モチーフが繰り返し現れました。シャトン オブジェ 猫は、その系譜を受け継ぐ現代ラリック社のクリスタル彫刻です。高さ9.1cmのコンパクトな造形にクリア仕上げを施し、丸まった子猫のシルエットを表現しています。食器棚の片隅やデスクの上に置いて飾るオブジェとして、テーブルウェアと並べて楽しめる「飾るラリック」のひとつです。
FAQ
よくあるご質問
ルネ・ラリックはどんな人物ですか?
1860年パリ近郊シャポン通り生まれのフランス人工芸家・デザイナーです。16歳から宝飾細工師として修業し、七宝(エナメル)技法を活かしたジュエリー作家として名声を確立しました。1907年(47歳)に香水会社コティとの協業を始めたことを契機に、40代後半から50代にかけてガラス工芸へと活動の軸足を移し、クリスタルガラスの工芸家として1945年に84歳で没するまで活動を続けました。
なぜジュエリーからガラス工芸に転向したのですか?
フランスの香水会社コティから香水瓶のデザインを依頼されたことが直接のきっかけだと伝えられています。鋳型成形によるガラスの量産可能性と、ジュエリー時代に培った七宝・色彩・装飾文様への感性を組み合わせることで、装飾性のある量産品という新しい領域を切り拓いていきました。
100ポイントシリーズの名前の由来は?
国際的なワイン評論家、ジェームズ・サックリングによる100点満点評価に着想した名前です。ラリック独自のカット加工が施されており、グラスの中でシャンパンや赤ワインの動き・光の反射を引き立てる設計になっています。
ラリックのクリスタルグラスは食洗機で洗えますか?
クリスタルガラス製品は手洗いをおすすめします。食洗機の高温・強い水圧により、輝きが損なわれる可能性があります。洗浄後は柔らかい布で丁寧に拭いてください。
シャトン(猫のオブジェ)とはどのような商品ですか?
「シャトン」はフランス語で子猫を意味します。ルネ・ラリックが得意とした動物モチーフを受け継ぐ現代ラリック社のクリスタル彫刻です。高さ9.1cm・クリア仕上げで、食器棚やテーブルの上に飾るインテリアオブジェとしてお使いいただけます。
ジュエリーからガラスへ ─ 47歳から始まったルネ・ラリックの転向は、現代ラリック社のクリスタル工芸へと受け継がれています。食卓に、書棚に、ラリックの選択の結晶を迎えてください。
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