Luxury Selection vol.112 端午の節句と五月人形
5月5日は「こどもの日」として国民の祝日となっていると同時に、端午の節句をお祝いする日です。元々「端午」とは毎月の初めの牛の日のことを意味していました。端午の端は「物のはし」、つまり始まりを表す言葉であり、午が「ご」と読むことと数字の五の音が同じということから、毎月の5日が端午の日とされるようになり、その中で数字が重なる5月5日を「端午の節句(節目の意味)」と呼ぶようになりました。同じように奇数の月と日が重なる3月3日(ひな祭り)、7月7日(七夕)、9月9日(重陽、菊の節句)も節句とされています。紀元前の中国では5月は悪月とされ、薬草を採って悪い気を払う行事がありました。自然災害や病気などは魔物(まもの)の仕業だと考えられており、香りの強い葵や菖蒲には魔除けの力があると信じられていたからです。日本でも奈良時代以前より5月5日には薬草を摘み、災いを受けないように祈る風習がありました。また、平安時代の宮中でも菖蒲を髪飾りにした人々が宮廷に集い、天皇から薬玉(薬草、香草を丸く固めて飾りをつけたもの)を賜りました。よもぎを家の軒(のき)に吊るしたり、菖蒲を入れて入浴するのも、災いから身を守ろうとしていた事に由来します。鎌倉時代の武家社会が成立したころから、武士が戦いの前に自身の身の安全を祈願して神社に参拝し、鎧や兜を奉納するようになります。戦の際に鎧兜で「身を護る」という行為が、時間の経過とともに病や怪我、事故から「身を守る」という意味へと変わっていきました。また、“菖蒲”が武道、武勇を重んじる「尚武(しょうぶ)」という言葉にかけて、武士を尊重する「尚武の節句」という意味も持つようになり、戦いから身を守る「兜」や「鎧」を飾ることは、武家社会に生まれた跡継ぎの男の子の健やかな成長と一族の繁栄を願う行事へと発展していったのです。

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