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ヘレンド190年の歴史|万博で女王に愛されたヴィクトリアの物語

ヘレンド ヴィクトリアシリーズの花鳥モチーフが描かれたティーセット

HEREND(ヘレンド)

ハンガリー・バコニ山地の小さな村「ヘレンド」で、
生まれた帝室御用達の磁器工房。
ヴィクトリア女王に愛された「ヴィクトリア」をはじめ、
ヨーロッパ屈指の手仕事の伝統を守り続けて190年。

困難を乗り越えて誕生したヘレンド窯

15世紀のハンガリーはヨーロッパの経済・文化大国の一つでしたが、16世紀半ばのオスマントルコの侵略以降、約150年に及ぶ戦争で国全体が甚大な被害を受け、西ヨーロッパに比べ経済的・社会的に大きく遅れを取ることになりました。

当時ハンガリーはハプスブルク帝国の一領土にすぎず、ウィーンでは1718年から帝室磁器工場が操業中で、競争相手の出現は嫌煙されていました。磁器製作所の設立申請は資本不足を理由に却下され、ようやく試作した磁器もウィーン宮廷の命令で粉々にされてしまうほどでした。

1820~1830年代、資本主義経済への機運の高まりとともに、ついにバラトン湖の北側、バコニ山地の小さな村“ヘレンド”で磁器焼成の試みが見事に成功。これがヘレンド窯の始まりです。

ヴィクトリア女王との運命的な出会い

1842年、ヘレンド窯はハンガリーの国章の使用を帝室・王室御用達磁器製作所として許可されました。ウィーン製磁器の品質に迫る製品を次々と生み出しながら、ハンガリーの大貴族の先祖代々のディナーセットを補充する主要な顧客を獲得していきます。

1851年、ロンドン万国博覧会。ハプスブルク帝国内にあった19の磁器製作所のうち、ヘレンド窯だけが金賞を受賞しました。蝶や牡丹の花が鮮やかに描かれた中国趣味(シノワズリ)のディナーセットはヴィクトリア女王の目に留まり、さっそく注文を受けたことから「ヴィクトリア」と名付けられました。

1862年の再びのロンドン博覧会でも栄冠に輝き、ハプスブルク皇帝は1864年に廃業していた帝室磁器製作所の特許パターンの権利をヘレンドに委譲。かつてのライバル窯が消えていく中で、ヘレンドの世界的名声はますます高まるばかりでした。

時代を越えて愛される代表シリーズ

  • ロスチャイルドバード

    原型は1860年ごろ。マイセン窯の影響を示す、鳥や蝶の群れ、小枝や植物の写実的な絵が施されています。19世紀に著名なロスチャイルド家の人々がいくつものディナーセットをヘレンドに注文したことにちなんで名付けられました。

    ゲデレ(旧称:西安の赤)

    原型は1860~80年ごろ。柿右衛門装飾モチーフの組み合わせです。本来の名称は「西安の赤」でしたが、フランツ・ヨーゼフ1世が王妃エリザベートに贈ったことから、夏の離宮であったゲデレの城館にちなんで改名されました。

  • ヘレンド ロスチャイルドバード ティーセット(ティーポット・カップ&ソーサー・プレート・シュガーボウル・ミルクピッチャー)

苦難を越えて生き残った手仕事の伝統

1874年に起きた世界的な経済恐慌、第一次世界大戦の敗北でハンガリーが領土の3分の2を喪失し、1923年には従業員がわずか23名にまで減少するなど、ヘレンド窯は幾度も存続の危機に晒されました。経営者は中産階級の新しい市場に目を付け、当時需要が伸びていた小さな装飾品(フィギュリン)の生産に力を入れ、1940年には450名を超える従業員を抱えるまでに復興しました。

第2次世界大戦の勃発で再び後退を余儀なくされるも、1948年の国有化後、1950年代に新しい工房を建設。機械化されたのは重労働の仕事だけで、成型と絵付けは変わらず人の手によって行われ、生産の職人的な特徴は残されました。

2016年にヘレンドは創業190周年を迎えました。今までもこれからも伝統に固執することなく、新しい時代に対応した作品を提供し続けています。

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