Luxury Selection vol.97
宝石の時計 カルティエ
フランスの高級時計ブランド「カルティエ」。
1847年パリで誕生し、ベル・エポックの社交界から現代まで、
人々を魅了し続ける宝飾と腕時計の世界をご紹介します。
Luxury Selection vol.97
宝石の時計 カルティエ
フランスの高級時計ブランド「カルティエ」。
1847年パリで誕生し、ベル・エポックの社交界から現代まで、
人々を魅了し続ける宝飾と腕時計の世界をご紹介します。
創業者"初代ルイ・フランソワ・カルティエ"が、パリのサン・トゥシュタッシュ教会からほど近いモントルグイユ通りに小さな工房を開いたのは1847年のことです。
その後、1853年に当時流行の最先端であったパレ・ロワイヤル周辺のプチシャン通りに店を移します。この時代のフランスは経済成長が著しく、ナポレオン3世の姪・マチルド王妃を筆頭に、皇室や貴族が次々とカルティエの名簿に名を連ねていきました。
息子のアルフレッドは父から宝石商としての知識を学び、1870年代に入ると父の命を受けロンドンに滞在し宝石類の競売を手掛け、莫大な利益を上げるとともに宝石商としての腕を磨きました。アルフレッドは、カルティエの世界を宝飾技術を生かした時計へと広げ始めます。
1899年、アルフレッドは現在のパリ本店であるラ・ペ通りに店を移します。有名な仕立服店や靴店、ホテルなどがあったこの通りには、伝統的な貴族階級や、銀行家、資本家といった裕福な人々が頻繁に出入りしており、その高級な服にふさわしい宝飾品を必要としていました。
共同経営者となったのが、アルフレッドの長男"ルイ・カルティエ"。今に至るカルティエの基盤を作った人物でした。宝石商としての天性の経営能力に恵まれているだけでなく、それを支えた類まれなる芸術的センスを持っていました。
稀に見る感性を持った宝石商ルイ・カルティエを、1人の芸術家として世に認めさせたのが「アール・デコ」スタイルでした。世界的隆盛は1920年代でしたが、カルティエはそれより早い1907年から手掛けています。
1898年に共同経営者となったルイ・カルティエが、最初の腕時計の顧客となるアルベルト・サントス・デュモンと出会ったのもこの頃でした。ブラジル生まれのサントスは、莫大な財産を得てパリへ移住、気球や飛行船を開発する若き冒険家でした。
当時の上流階級の男性は皆懐中時計を付けていました。サントスは飛行中に時計をポケットから取り出さずに時間を確かめたいと、ルイ・カルティエに相談を持ち掛けます。
1906年10月、サントスはヨーロッパ初の飛行機で60mの滑空に成功。この時、彼の手には操縦桿から手を離さずに時刻を確認できる腕時計がありました。
この時計こそがカルティエが世に送り出した世界で初めての紳士用腕時計。1911年に「サントス」がカルティエの商品として販売されるようになりました。
そのルイ・カルティエが第一次世界大戦中に戦車のキャタピラーをヒントにデザインした腕時計が「タンク」です。このタンクがカルティエのアール・デコスタイルの典型であり、カルティエを腕時計の黄金時代へと導いていきました。
「タンク」コレクションには、長い歴史の中で生まれたさまざまな変化に富むモデルがありますが、それをシリーズごとにさかのぼれば、まさに家系図のように1919年にパリのカルティエの台帳に初めて記載された「タンク」へとたどり着きます。
「タンク」シリーズはルイ・カルティエが生み出したデザインを今なお受け継いでおり、そうしたスタイルの一貫性が、長きにわたり「タンキスト」と呼ばれる熱狂的なファンを生み出してきた理由とされています。
カルティエが抱えた顧客には、数多くの王侯貴族がいました。
若いころパリで暮らし、社交界にも出入りしていたモロッコ・マラケシュのパシャ(太守)"タミエル・グラウィ"もその一人。城の中にプールを持つほど豪奢な暮らしをしていたグラウィは、1930年ごろカルティエに「プールで泳いでいるときに、つけていられる時計」をオーダーしました。
彼にとっては時刻など何人もの従者に聞けばすぐわかることで、わがままな注文でしたが、この難しい注文がカルティエの腕時計職人の意識を触発し、防水機能を持つ腕時計「パシャ」が生まれたのでした。
カルティエの腕時計には、こうした顧客との物語が織り込まれています。"宝石の時計"として誕生した一本一本が、20世紀の歴史と上流階級の物語を語り続けています。
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