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バカラ|フランスクリスタル 王者の輝き ロレーヌの名窯の名品

ガラスを求めて Luxury Selection vol.20 メインビジュアル

ガラスを求めて
─ クリスタルガラスとヴェネチアン・ガラスの歩み

人類が生み出した英知の結晶、ガラス。
時代を経て、国を越えて、形を変えて育まれたその素材は、
今さまざまな姿形で私たちの身の回りに存在しています。
バカラの透明感、色とりどりのヴェネチアンガラス、
独特な技法で生み出された被せ硝子など、
ガラスのストーリーを紐解いてみましょう。

ガラスの起源 ─ 紀元前にさかのぼる人類の英知

  • ガラスとは、人間が作り出した人工的な素材です。しかし、宇宙から降ってきた隕石のガラス質のものや、火山から噴き出した溶岩がガラス状に固まった黒曜石は、天然のガラスとして石器時代から石包丁や矢じりとして利用されてきました。しかし、ビーズなどの装飾品や、容器などに利用されてきた一般的な「ガラス」は、人類の知識・経験によって人工的に作られた素材から作られていました。

    ガラスの歴史は古く、紀元前3000年~2000年前半になると、西アジア及びエジプト、エーゲ海域などで、玉、ガラス棒片、ガラス断片、円筒印章などが現れるようになりました。しかしこの段階ではまだ、珠やそれに類する小さな装飾品などの限られた製作技術にとどまりました。適正に考慮された原料の割合で調合されて、意図的にガラスを生産しようとした事が伺われるものと、偶発的に生産されたものとの両方があり、はっきりとガラス製作が行われていたと断定はできませんでした。当時はガラスそれ自体を材料として用いていたのではなく、ファイアンスといわれる鉛釉のかけられた陶器の製造と関連しながら用いられていたため、原料の砂に混じった金属不純物などのために不透明で青緑色に着色したものが一般的でした。

  • ガラスを求めて Luxury Selection vol.20 イントロダクション

鋳造ガラスからコア・ガラス法へ ─ メソポタミアとエジプトの工芸

  • 当時の人々にとってガラス製品は、当時大変貴重であった貴石及び準貴石を模倣するのに便利なものでした。人型をした護符、ペンダントヘッドなどが多く出土しています。当時のガラス製作所は、宮殿または寺院に付属していた事もあり、王侯貴族や僧侶という特権階級の人々のみに所有が許されていました。

    紀元前16世紀中頃になると、いわゆるガラスの工芸品が、西アジアとエジプトの両方で出現する様になります。一部の植物灰や天然炭酸ソーダとともに、シリカを熱すると融点が下がる事を明らかにしたたこの頃は、この特性を活かし「焼結」ではなく「溶融」によるガラスの加工が可能となります。これが「鋳造ガラス」の始まりです。

    メソポタミアとエジプトでは、紀元前1550年頃に、耐火粘土のコア(核)を作り、その周りに溶けたガラスを巻きつけていく「コア・ガラス法」や、耐火粘土のようなもので製作した型に様々な色ガラスを配置し、凹型に凸型を被せて炉で焼成する「ガラス片同士を溶着させる」方法で器が作られました。エジプトのこの時代の物と推測されるガラス容器には、器形、文様、色彩ともに非常にバラエティーに富んでおり、この時代のエジプトの富と文化の豊かさを想像させます。

    またガラスは容器だけでなく、ツタンカーメン王の副葬品の中にはガラス製の枕なども存在し、さらには王の黄金のマスクそのものもラピスだけでなく、貴石の代用品としてガラスの象嵌がいたるところに使用されているのでした。

  • バカラ アーキテクチャー(光の屈折率を計算したデザインによる虹色の輝き 近代バカラの秀作ベース)

吹き技法と透明ガラスの普及 ─ ローマ帝国の革新

  • 地中海沿岸を征服したローマ帝国の下、「吹き技法」と呼ばれる製造法がフェニキアで発明され、急速に帝国中に広まりました(紀元前1世紀の中頃)。吹き棹の先に溶解したガラスを巻き取り、もう一方から息を吹き込んで器を形成するというこの技法は、現在ではあたりまえに見られますが、ガラスの膨張性と粘着性を利用した、この時代では非常に画期的な発明でした。従来の様に鋳型の準備や仕上げの研磨を必要としないこの新技法は、ガラス製造の効率性を高め、大量生産を可能にしました。

    と同時に、吹き技法の開発は、様々な形や大きさのガラス器を製造する事も可能とし、大量生産による価格の低下に貢献し、ガラスそのものに対する人々の認識を変える事にもなりました。従来は不透明な貴石を模した装飾的なものであったガラス器に、日用品としての新たな側面が加わり、その種類は容器にとどまらず、医療器具、証明器具、窓ガラスなどの建築資材、玩具など様々な展開をみせるようになります。

    この頃もう一つ大きな変化が起こります。不透明ガラスであったものが、透明ガラスが主流を占めるようになった事です。透明素材の増加は、カット装飾、貼付装飾、金箔装飾、ペイント装飾などの装飾技法を大きく発展させました。1世紀末の頃には、不透明なものや色付きのものに代わって、透明なものが好まれるようになりました。これは、薄く伸びたガラスのもつ透過性が、美しさにおいても実用性においても、ガラスの特質として定着した事を示しています。

    ただし、透明なガラスにも高級品と日用品がありました。「最も高価なガラスは、限りなく水晶に近い、無色透明なガラスである」と述べられているように、この時代すでに混じりけのない無色透明なガラスは高級品とされました。一方、原料に混入している酸化鉄などの不純物によって発色した青や緑がかったガラス器は、安価な日用品でした。

    8世紀頃になると、西ヨーロッパで高度なガラスの製作が開始されます。12世紀には教会にゴシック調の複雑なステンドグラスが建築されるようになり、都市が拡大し発展していく13世紀には、世俗的な建物にも窓ガラスが入れられるようになり、各地で人々の生活にガラスが取り入れられるようになりました。

  • バカラ アビス ルビー(深淵を意味する重厚なカットと深紅のクリスタル)

ヴェネチアの牽引、そして現代 ─ クリスタッロから鉛クリスタルへ

  • ヴェネチアのガラス産業が飛躍的な発展を遂げるのは、ヴェネチア共和国が東地中海の覇者として政治的経済的に急成長を遂げた13-14世紀の事でした。ヴェネチアのガラスは古代以来のソーダ・ガラスでしたが、近くに原料の産地はなかったため、珪砂(シリカ)、ソーダ灰、カレット(屑ガラス)などの原料はアンティオキアや、スペインなどから全て輸入に頼らなければなりませんでした。この時期にはビザンティン領や、イスラム圏からガラス工人も数多く流入しました。13世紀には既にガラス職人組合が存在し、徒弟修業、売買、課税、輸入、輸出、技法の秘密保持について細かく規約が作成され、特にガラス職人の他都市の移転は厳しく禁止されていました。1291年は大評議会の決定により、ヴェネツィア本島のすべてのガラス工房がムラーノ島へ移転させられました。当時はまだ大部分が木造だったヴェネチアを火災から守る目的の他、ガラス産業を国家の強力な管理下に置いて、ガラス職人の国外流出を防止する為でした。

    ヴェネツィア・ガラスが高級工芸品として、洗練度と技術的完成度を著しく高めたのは15世紀後半からの事でした。15世紀のヴェネツィアのガラス器は、ソーダ・ガラスの原料に各種の金属酸化物を加えて作る色ガラスが主流でした。器面にはエナメル彩や金彩で、肖像、メダイヨン、植物文様などが絵付けされ、ヴェネツィア独特の絵画趣味を反映していました。また、各種の色ガラスと並んで、この時代には透明度の一段と高い新しい無色ガラス「クリスタッロ」が登場します。この新種の無色ガラスは、従来のソーダ・ガラスの原料に、消色材の酸化マンガンを加えて透明性を高めたもので、後に開発される鉛ガラスの「クリスタル・ガラス」ほど純度は高くはないですが、当時の人々から「水晶」(クリスタロ)のように透明な新ガラスとして、驚異の目で迎えられ、その製法は秘法とされていました。

    16世紀になると、ヴェネツィア・ガラスはヨーロッパの高級ガラス工芸品市場をほぼ独占する繁栄ぶりを示しました。しかし、この時代はまだ、ガラス職人が大量に国外に流出した時代でもありました。彼らは法律の目をくぐり抜けて、イタリア各地やベルギー、オランダ、ドイツ、オーストリア、フランス、イギリス、デンマーク、スペインなど、密かにヨーロッパの各地で工房を開き、ヴェネツィア・ガラスの技法と様式を広めました。特に、ヴェネツィア出身の職人がガラス産業の基礎を築いたイギリスでは、1671年に一般化鉛の含有率が高く、固く厚く透明度の高い「鉛クリスタル・ガラス」が発明されました。18世紀の半ばからは、鉛クリスタル・ガラスの特性を活かし、ダイヤモンド形を基本とする高度なカット技術や、グレーヴィングなどの装飾法を発展し、19世紀以降、ガラス工芸のリード役はバカラや、ラリックガレなどを生んだフランスへと移っていきました。

  • バカラ アンバルフェ(フィリップ・スタルク デザイン・伝統的アルクールを独自スタイルでアレンジ)

クリスタルガラスとヴェネチアン・ガラスの傑作

紀元前から現代まで、人類のガラス史を彩ってきた珠玉の名作たち。バカラのクリスタルから、ガレに代表されるアール・ヌーヴォー、ヴェネツィア・ムラーノ島の伝統技法まで、ル・ノーブルが厳選した逸品をご紹介します。

主なアイテム:
ミーシュ・コマン 蜻蛉に水草文ベース:ガレの手法を現在に伝えるミーシュ・コマン。3・4層の被せガラスを内側から削るスフレ技法を巧みに扱い、芸術的な作品を生み出しています。
バラリン ワイングラス G&B:14世紀からムラーノ島に工房を構え、まさにヴェネツィアガラスの歴史を今に伝える。マエストロが紡ぐガラスのアートは素晴らしい。
エルコレ・モレッティ パステル多彩:「千の花」と呼ばれるミルフィオーレ。輪切りのガラスチップを融解して作られるヴェネチアガラスの美しさに、心奪われます。

クリスタルガラスとヴェネチアン・ガラスの世界をぜひお楽しみください。

ミーシュ・コマン 蜻蛉に水草文ベース / バラリン ワイングラス G&B / エルコレ・モレッティ パステル多彩 ラインナップ

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