さて、この通信も最終回を迎えることになりました。短い数ヶ月間でしたがイタリアに滞在している間に色々なことがありました。
まず到着後困ったこと。イタリア(特にフィレンツェ)では「家庭でのインターネット接続」があまり普及していないためパソコンとネットを接続するのに随分と苦労しました。

滞在許可証をもらうため警察に行ったとき、どこに並べばいいのかを尋ねると間違って教えられ3月のまだ冷え込みの残る中5時間も外で待たされた挙句、「この窓口ではない」と一言。
結局その日の受付が終わってしまい、「明日また朝の8時頃に来て」の一言で終わってしまいました。
窓口によっても答えがバラバラで随分と振り回されました。これは後でわかったことですが、おかしなことなのですがイタリアでは窓口の担当者によっても言うことがバラバラ。とんでもない担当者に当たってしまうと、その後のやりとりが途方もなく複雑になったりと誰に当たるかで随分と違ってくるのです。
ちなみにこれは警察だけではなく、郵便局などの公共機関でも一緒。
一ヶ月二ヶ月単位で行われる、ショーペロ(ストライキ)。
これが始まると、電車・バス、すべてが麻痺するため動けなくなってしまいます。
電車も遅れるとなると、半端でない遅れ方。1時間以上待たされたことも数回ありました。

とこうやって書くと、ネガティブな面ばかりですが実際はそうではありません。
まず人々。これを書くにあたってどう表現したらいいのかを考えていたのですが
「皆が親切」というわけではありません。でも、たくさんの人が「お節介好き」なのは否めないです。
間違ったバス停で待っていたら、歩いていた二人の老人が「お嬢さん方、ここにバスは止まらないよ。どこに行きたいの」と聞いてきて、行き先を告げると「そこへ行くならあの道のバス停だ」「いや、あそこは遠すぎる。もっと近いところがある」「そんなはずはない。あそこが一番近いはずだ」「いやいや、そこのバス停は進路変更でもう停まらないはずだ」などと、我々のことを置いて二人で真剣に言い合いをし始めた、なんてことも…
また、よく行くBarのお兄さんに「いい物件(部屋)がない」という話をしたところ、その場で知り合いに電話をかけてあっというまに部屋が見つかった、という話もありました。
いったん打ち解けると何かあるたびに声をかけてくれ誘ってくれるようになったり、最初の頃は色々と苦労しましたが、話せるようになると「イタリア語を話せるの!」と大げさなほど喜んでくれ、「お茶でもどうだ」「ちょっと話をしよう」となかなか離してくれなかったり。
この半年間でこちらが驚いてしまうほど人懐っこい人たちに多勢出会いました。どの人たちも印象的で、きっと忘れることはないでしょう。
そしてファッション。やはりイタリアの靴、カバン、洋服はお洒落。パリなどに行ってもいい靴やカバンなどはすべて「Made In Italy」。革製品が抜群によく、お洒落な革のジャケットなどが15000円ほどで買えるのです。
ワインもやはりおいしく、スーパーに売っている安いワインでもぜんぜんOK. レストランで出てくる「ハウスワイン」もどれも飲みやすい。こちらに来てから食事のテーブルには必ずワインが乗るようになりました。

書き出すと本当にいろいろなことが溢れてきて、すべてを書くことができないのは残念です。
こうして振り返ってみると、イタリアという国は本当に「人間味に溢れている国」だと思うのです。
確かに、ハイテクや便利性という私達日本人にとって当たり前のものがこちらではなく、不便を感じることもありますが、慣れてしまうとなんだかこの生活スタイルが当たり前のようになってくるのです。
むしろ余計なものに束縛されずに自然な、素朴な生き方がどんなものであるかを考えさせてくれた滞在でした。
やっと馴染んだこの場所から離れることは本当に残念です。
「イタリアという国は、何度でも戻ってきたいと人々に思わせる国だ」という言葉をよく耳にしますがその言葉がやっと自分の中で「本当にその通りだな」と実感させられるようになった今日この頃なのです。
完

